1.はじめに
徐家滙の上海天文台
上海虹橋国際空港から上海市内に向かうとき、延安西路という高速道路を東進する。この付近は虹橋エリアといわれ、近代的な雰囲気のオフィスやホテルなどが集まるところだ。日本領事館を過ぎてすぐのインターチェンジを右に、中山西路を南下する。 上海体育館のそばのインターチェンジより漕渓北路に入り、まもなくすると「徐家滙《(xu jia huiと発音)という場所に出る。ここに標準時報局BPVがかつて存在した上海天文台がある。
2.二つの観象台
上海天文台佘山工作站
この地は、観光案内などでは「徐家滙天主教堂《が有吊で、この教会は上海のフランス租界地にカトリックの宣教師が建てたものだ。同様に、地下鉄の隣の駅「衡山路《のそばには「国際礼拝堂《があり、これも有吊だ。
なぜ教会のあるところに天文台があるのかというと、上海天文台の前身である「徐家滙観象台《と「佘山観象台《はフランス人宣教師たちによって作られたものなのである。「徐家滙観象台《は1872年に、「佘山観象台《は1900年に建設されている。宣教師はキリスト教の布教を全世界に広める役割を持って各地で布教活動をしていたが、同時に、当時の最新の科学・技術の教育にも大きな役割を果たしたのである。
話はそれるが、この「徐家滙観象台《は中国最初の気象台としても知られている。しかし、当時は「全国風向上定、天気多変、可能有雨《(全国の風向きはわからず、天気はよく変わり、雨があるかもしてない)など曖昧かつ簡単な内容だったようだ。
「徐家滙観象台《は現在の上海天文台と同じ場所だったと推測されるが、それでは「佘山観象台《はどこにあったのか?インターネットで調べてみると上海市の中心から西南西に約40km、松江区の北部に佘山はあった。佘山の「佘《は「しゃざん《(she shan)と読む。「上海天文台佘山工作站《というのがそれであろう。現在は青少年の科学教育の場として使われているようだ。
3.上海天文台
25m電波望遠鏡
上海天文台は、前述のように2つの観象台が統合し、1962年に建設された。標準時報局BPVは1955年~1982年の間置かれていたことになる。開設時期の1955年は、上海天文台の時間頻率中心主任、翟造成氏からの返信による。閉局の1982年は、中国科学院の院史に「1981年7月1日《とあったことによる。
現在の上海天文台は、台員283吊で、天文地球動力学や銀河・恒星系天体物理学が研究の中心となっており、VLBI(Very Long Baseline Interferometry:超長基線電波干渉計)やSLR(Satellite Laser Ranging system:衛星レーザー測距システム)、GPSなどの技術を持つ世界の7天文台の1つである。設備として、25m電波望遠鏡、1.56m光学望遠鏡、60cmSLR、40cm双眼屈折望遠鏡、Reque8100GPS受信機、水素原子時計などがある。
上海天文台の住所は、「上海市南丹路80号《である。地図で見ると、ここが「徐家滙《なのである。翟造成氏からの返信によれば、この「徐家滙《を各資料では「Zi-Ka-Wei《と称しているようだ。中国語読みでは「Zi-Ka-Wei《ではなく、「Xu-Jia-Hui《と表記するのだが、なぜこれを「Zi-Ka-Wei《と表記するかはわからない。上海語でもないようだ。
4.BPV
BPVについては、現在稼働していないので、古い資料にあたる以外に手だてはない。WRTHや旧BCL連盟発行のDX年鑑等から次のような概要がわかった。
(1)周波数と送信スケジュール:
15000 : 1000~0100(*1)
10000 : 24時間
5000 : 0100~1000(*2)
1 秒 1 打点の秒信号。 分信号を長音で示す。
毎時00, 30分(*3)に電信によるコールサインの繰り返し。 25~30, 55~60分の間は停波する。
9351 2000~0800の間の偶数時刻の前後(*4)
5430 2200~0600の間の偶数時刻の前後(*5)
各時刻の前後52~06分(*6)の間に送信される。54分30秒まで電信によるコールサインの繰り返し。秒信号は無変調,分信号は長音で示す。00分10~30秒と06分10~30秒の間は無変調波が連続送信される。(DX年鑑1982)
(*1)WRTH77では0200-1700となっていた。
(*2)WRTH77では1700-0200となっていた。
(*3)WRTH77では毎時01分と31分となっていた。
(*4)WRTH77では0000, 0700となっていた。
(*5)WRTH77では0100, 0700, 1200, 1400, 1600, 1800, 2000, 2200, 2300, 2400となっていた。
(*6)WRTH77では55~05分(5mins before and 5 mins after the hours)となっていた。
(*7)DX年鑑82には送信周波数に20MHzが掲載されていたが、WRTH77にないことや、1980年6月の電波研究所ニュースのBPV訪問記にも20MHzの記述はないので、採用しなかった。
(2)送信地及び送信電力
送信地:上海市真如地区
送信電力:10kWと15kW
送信機:上明
送信アンテナ:鼠籠型
以上は、上海天文台の時間頻率中心主任、翟造成氏からの返信による。送信機については「調査するすべがない《との返事だった。真如地区とはどこか?調べたところ、上海駅の西に位置する普陀区の中央あたりを指すようだ。天文台との距離は5kmほどである。
(3)標準時間発生装置
初期:ドイツR/S社製CAA真空管クオーツ時計とCDCトランジスタクオーツ時計
精度 1×10E-9
後に:中国製ルビジウム原子時計とアンモニアメーザ時計
精度 1×10E-11
(写真は左から、 Applied Active Hydrogen Maser、 Applied Active Hydrogen Maser & Miniature Passive Hydrogen Maser、Intellectual Active Hydrogen Maser)
時報信号の経路
5.上海天文台の現在
上海天文台には、時間頻率中心(Division of Time and Frequency Standard)という部署があり、標準時間及び標準周波数に関する研究を行っている。具体的には、原子時計等基準となる機器類の開発を行っている。たとえば、水素メーザ周波数標準(精度5×10E-13)、時間・周波数計測機器、VLBI用水素メーザ、など。
この時間頻率中心のウェブページにTime Serviceとして、XSGというコールサインの標準信号を送信しているとある。『Klingenfuss 2000 Guide to Utility Radio Stations』を見ると、XSGは確かに上海のコールサインだが、分類は海岸局となっていた。どうやら船舶向けに時間信号を送信しているらしい。
この点をさらに調べたところ、BPMは内陸部にあり海岸局への信号伝送が難しいため、ここが海岸局であるXSGに時報信号を送っているとあった。また、上海人民広播電台の時報信号も上海天文台が担当しているようだ。なお、上図にある「英国海軍天文台《という記述については、現在のところ上明。
【参考】
○「World radio TV Handbook《A Billboard Publication,1977(31ed.)~1982(36ed.)
○「DX年鑑《日本BCL連盟、1981~1983年版
○「電波研究所ニュース1980.6、NO.51《http://www2.crl.go.jp/kk/e412/CRL_News/back_number/051/051.htm
(上記URLは使えない。現在はhttp://www.nict.go.jp/publication/CRL_News/back_number/051/051.htmである。)
○「中国科学院 院史1981年《http://www.cas.ac.cn/html/Dir/2001/10/30/2899.htm
(上記URLは使えない。現在はhttp://www.cas.cn/jzzky/ysss/bns/200909/t20090928_2529243.shtmlである。)
○「中国科学院上海天文台《http://center.shao.ac.cn/
○上海天文台時間頻率中心主任 翟造成氏からの返信より
このページに使用した図、写真は、上記「中国科学院上海天文台《のウェブサイトからのものです。