フランスの標準周波数時報局 
<BACK>  update:2022/03/28
1.はじめに
 2021年度版WRTHには、フランスの時報局として長波162kHzが掲載されているが、この局にはコールサインがない。しかし複数の文献ではこの局をALS162と呼称しているので、以下この局をALS162と呼ぶことにしたい。だがALS162の紹介にたどり着くには少々時間がかかりそうだ。というのも、実はフランスの時報局はこのALS162だけでなく、過去に多くの局が存在した。最初にこれらの局についてふれ、最後にALS162について述べることにしよう。なお、送信時間についてはUTCである。

2.WRTHに見る時報局
 まずWRTHに掲載されていたフランスの時報局の概要について述べておきたい。それぞれの詳細は後でとりあげる。

 フランスの時報局がWRTHに初めて登場したのは1961年版からである。1961年版にはCNET(Centre National d'Etudes des Télécommunications:国立電気通信研究センター)が管轄するFFHという局が2.5MHz、0.25kWでサント=アシズSainte-Assiseから送信している。その後1966年版には、FFHに加えて、BIH(Bureau International de l'Heure:国際報時局)管轄のFTA91局(91.15kHz、45kW、サン=タンドレ=ド=コルシーSt.Andre de Corcy送信)、FTH42局(7428kHz、6kW、ポントワーズPontoise送信)、FTH77局(10775kHz、6kW、Pontoise送信)、FTN87局(13873kHz、6kW、Pontoise送信)が記載されている。さらに1981年版になると先に述べた局に加えて、BNM(Bureau National de Métrologie:国家計量局)管轄の163.84kHz、1000kWの局(コールサインなし)がアルイAllouisから送信している。

 WRTHの記述によれば、1980年代初めのフランスには3種類の系統の時報局があったことになる。最近のWRTHでは最後のBNMの系統だけが残り、ALS162として送信されている。

図1 WRTH1982年版のフランス時報局の記述

図2 送信所の位置

3.FFH
 FFHはCNET(国立電気通信研究センター)管轄の時報局である。CNETは郵政大臣(PTT:Posts and Telecommunication)管轄下の組織として1944年5月4日に創立された。1990年に電気通信総局(DGT)がフランステレコムとなった時、CNETはフランステレコムの研究開発センターとなり、2000年3月にはフランステレコムの研究開発部門(R&D)の一部となっている。

 FFHは2.5MHzの短波を使って、当初は0.25kWの出力で、毎週火曜日と金曜日の2日間、8時30分~16時30分にサント=アシズから送信された。毎時20分にモールスによるIDが出た。その後出力は5kWに増強され、平日(月曜日~金曜日)の8時30分~16時30分へと放送は拡大された。このとき局のIDに音声が加わり、毎時9分と49分はモールスのみで、20分、30分は音声とモールスで告知された。この音声IDはのちになくなり、WRTH1972年版では毎時10分ごとのモールスによるIDとなっている。FFHは1982年版まで掲載されていた。1980年代の初めに停波したと推測されるが、詳細は不明である。

図3 サント=アシズ送信所のアンテナ群

 FFHを送信していたサント=アシズ送信所は、セーヌ=エ=マルヌSaine-et-Merne県にあった送信所でパリの南南東郊外にある。開所は1924年7月4日である。開所時に建設された250m高の11本のマストと180m高の5本の支柱は遠くからもよく見えたようだ。1921年11月、ここから1kWの長波送信機でフランス初のラジオ放送の実験が行われた。歌手のイヴォンヌ・ブロティエ嬢がフランス国歌や「ミレイユのワルツ」「セビリアの理髪師」を歌ったという。欧州視察をした日本人山本勇は、この送信所がSFR(Societe Francaise Radio-Electrique)製の250kW高周波発電機を使って、波長14300m(周波数21kHz)で大西洋横断通信を行ったと報告している。第2次世界大戦中にドイツ軍に占領された時、ドイツ海軍はこの送信所を使ってユーボート潜水艦とベルリン間の通信をしたそうだ。このためこの施設は連合軍の砲撃を免れた。なぜならば、当時絶対に解読不能といわれたドイツ軍の「エニグマ」を使った暗号通信は連合軍によって解読されており、「泳がせ作戦」のためにわざとユーボートと通信を行わせてユーボートの位置を確定していたといわれている。この施設が破壊されなかったのはこのためだと考えられ、歴史の皮肉としかいいようがない。施設返還後は、フランス海軍が潜水艦との通信に利用した。現在は衛星放送の送受信基地となっている。

図4 サント=アシズ送信所のテスラコイル(1922年)

4.BIH/LPTFの時報局

 FTA91、FTH42、FTH77、FTN87の4つの時報局はBIH(国際時間局)管轄の局である。BIHとはどのような組織か。時報局とも関係が深いので、まず触れておきたい。

 20世紀の初めに無線による時報信号の送出が各国ではじまると、複数の局の時報信号を受信して比較できるようになった。するとそれぞれの局が発している時刻にズレがあることがわかった。そこで1912年パリで国際会議(Conférence Internationale de l'Heure Radiotélégraphique)が開かれ、翌年BIHが設置された。パリ天文台の中に置かれたBIHだったが、第1次世界大戦が勃発し、正式な承認は1919年までお預けとなった。BIHの歴史について書かれた論文には、1920年頃にパリ天文台の下で独自の時間サービスを確立したとある。これがFTA91等の局ではないかと推測される。BIHは1929年から1966年まで、各国の時報信号を受信し、その差を記述したブレティンを発行し続けた。1987年、BIHの業務は時間分野をBIPM(Bureau international des poids et mesures:国際度量衡局)が、地球の自転監視分野をIERS(International Earth Rotation Service:地球回転監視事業)が引き継ぎ、BIHは1988年1月1日に解散した。

 FTA91は91.15kHzの長波を使い、45kWの出力でサン=タンドレ=ド=コルシーから一日に7回(08:00、09:00、09:30、13:00、20:00、21:00、22:30)送信した。他の3局は短波を使った送信だからかポントワーズ送信となっている。FTH42は7428kHzで毎日9:00と21:00の2回、FTK77は10775kHzで毎日8:00と20:00の2回、FTN87は13873kHzで、9:30と13:00と22:30の3回送信した。出力は不明である。

 これらの局は、WRTH1979年版になると管轄がBIHからLPTF(Laboratoire Primaire du Temps et des Fréquences:時間と周波数の初等研究所)へと変更されている。LPTFは、1976年にパリ天文台とBNM(Bureau National de Métrologie:国立計量局)によって設立された組織である。

 WRTH1980年版ではFTA91と入れ替わるようにFTA83が登場した。長波83.8kHzを使い、45kWの出力で送信された。この局は1980年5月31日まで運用された実験局であった。毎週2日月曜日(9:30~12:00、14:00~16::00)と火曜日(9:30~12:00)に送信が行われた。FTA91・FTH42・FTK77の停波は1985年3月であるという資料がある。時期からしてBIHがなくなったことが影響しているようにも思われる。

 FTA91を送信していたサン=タンドレ=ド=コルシー送信所は、リヨンの北、アインAin県にあった送信所で、1960年に開局し、1993年に閉鎖された。元の送信所は1916年リヨン=ラ=ドゥアLyon-la Douaに開設されたものだが、1961年にサン=タンドレ=ド=コルシーに移転された。これらの局については詳細は不明である。
 サン=タンドレ=ド=コルシー送信所の資料は見つけられなかったので、代わりにリヨン=ラ=ドゥア送信所の写真を示す。

図5 Lyon-la Doua送信所の建物

5.BNM/LNE-SYRTEの時報局

 WRTH1981年版にはBNM(国家計量局)管轄の局が登場する。長波163.84kHzを使用し、昼間2100kW、夜間1000kWの高出力で、アルイから送信された。163.84kHzという中途半端な周波数は、10×214(=163840)に由来しデジタル分周するのに適しているためだそうだ。送信は連続的に行われ、水曜日の00:05~03:58のみメンテナンスのために休止した。この局のコールサインはない。この局は1980年3月に運用が開始され、1986年2月に周波数が162kHzに変更された。この局が現在のフランスの時報局につながる。この局の送信信号の特徴は、フランスインター(フランスの公共放送)のAM電波を位相変調しているということである。この長波放送自体は2016年末に終わりを告げたが、位相変調の時報信号は継続され、ALS162と呼ばれている。この時報信号のフォーマットはあとで触れる。

 この局は、管轄が途中でBNMからLNE-SYRTEに変更になった。正確なところは不明だが、2002年に組織の合併がありBNM-SYRTEとなり、これが名称変更したようだ。LNE-SYRTEはLaboratorie National de Metrologie et d'Essais - Systemes de Reference Temps-Espace (国立計量試験研究所-時空間参照システム)のことである。

図6 1939年のアルイ送信所

図7 1940年のアルイ送信所の送信機

 アルイ送信所は、パリの北の郊外に位置する。開局は1939年10月で、Radio Parisの放送を波長1648m(周波数182kHz)で中継した。第2次世界大戦中のドイツ軍による占領期には、この送信所はBBC放送の妨害のために使用された。そのためフランスレジスタンスにより2本の送信アンテナが爆破されるという事件が起こっている。1944年8月にドイツ軍が撤退するときに長波送信機が爆破された。そのため長波での送信再開は1952年のことで、308m高のアンテナと250kW送信機で、1829m(164kHz)を使いParis Interラジオが放送された。1974年には設備の更新が行われ、アンテナは308m高から350m高に、1000kWの送信機が稼働し、総出力は2100kWとなる。1975年には送信所はORTFからTDFに運用が引き継がれ、1977年から位相変調信号が重乗されるようになった。このとき送信周波数が当初の164kHzから163.84kHzへと変更されている。送信周波数は1986年に162kHzに変更された。2016年、France Interは2017年12月31日をもって162kHzの長波放送を停止すると発表したが、位相変調信号によって動作している電波時計が30万台以上あることから、位相変調の信号だけは継続されることとなった。現在は位相変調のみの送信なので、通常の受信機では音にならない。

6.ALS162のフォーマット
 ALS162局の送信信号は、位相変調によりデジタルデータを送出している。位相変調は、162kHzの搬送波から±1ラジアン(約57.3°)位相をずらす。図8に示すように、(A)のような位相変化をする信号を「0」、(B)のような位相変化をする信号を「1」とする。この位相変調信号は、毎分59秒目を除く各秒の最初の0.1秒の部分で行われる。各秒の情報の意味を表1に示す。このフォーマットは、ドイツのDCF77(77.5kHz)とほぼ同じものである。

図8 ALS162の変調波形
表1 ALS162のフォーマット



7.追加~FFH以前のフランスの時報局
 資料を調べているとWRTHに記載がない時報局のあることがわかってきた。おそらく第2次世界大戦以前から開始されているのではないかと思われるが、残念ながら詳細は不明である。これらの局は興味深いフォーマットを使用しており、日本のJJY以前の時報局で使用された「学用式」と呼ばれるフォーマットに採用されたものなので、記しておきたい。

 1910年5月、エッフェル塔から時報信号が送信されて以降、このサービスは拡張され、その後(時期不明)ボルドーに近いクロワ=ダンCroix d'Hinsにあるラファイエットlafayette送信所からFLYが、ポントワーズからFYBが時報信号を送出するようになった。FLYとFYBについてはこれ以上のことはわからなかった。

図9 Lafayette送信所

 また、戦後1949年のグリニッジ天文台の論文に、FYF(Sainte Assise)とFYP(Pontoise)の記述があった。ポントワーズからはさらに短波のTMA3とFYA2の送信があることがわかった。FYFは、周波数76.31kHz、9:36、20:06に送出。FYPは、周波数90.7kHz、8:00、9:30、20:00、22:30に送出、TMA3は10015kHz、8:00、9:30に送出、FYA2は7430kHz、19:20、22:30の送出である。ポントワーズからの時報局のフォーマットの詳細は後に述べる。

図10 Pontoise送信所

 ポントワーズ送信所は、パリの北東部郊外にあった送信所で、1930年代に開設された。フランス本国と植民地(インドシナ、マダガスカル、コンゴ、マリなど)との間に通信網を確立するために設置された送信所である。アフリカ方面には波長29.71m、16.07mを使用し、インドシナ方面には波長18.75m、30.48mを使用していた。図10に局舎を、図11にインドシナ方面用のChireix-Mesnyアンテナを示す。

図11 Pontoise送信所のアンテナ

 ポントワーズから送信されていた時報信号のフォーマットが記載されている論文があったので紹介する。これによれば時報信号は、ONOGOシステムと呼ばれる方式で毎日7:55、9:25、19:55、22:25に始まり5分間続く。その後8:01、9:31、20:01、22:31から5分間RYTHMEという信号が送信される。ONOGOシステムとは毎分00秒から54秒までの間はモールス信号のX、O、N、Gが各分ごとに送信され、55秒から00秒までは短点が送信される。最後の短点が正しい時刻(8:00、9:30、20:00、22:30)を示す。RYTHME信号は、毎分60の短点と1つの長点で構成される。つまり1分間に61個の信号が送られる(図12参照)。

図12 ONOGOシステムのフォーマット

 この1分間に61点を送る方法は「一致法」と呼ばれ、受信時計の誤差を1/100程度まで知ることができるものである。原理はこうである。送信は61点だが、受信時計の秒は60点なので、1分間の間に必ず1回一致するところがある。この一致する秒を5回(つまり5分間)数え平均をとる。例えば、1分間のうち一致した秒の平均が34秒だとする。0秒の長点が聞こえたのが受信時計の14秒を過ぎた頃に聞こえたとすれば、61点と60点の両者の刻みの差は0.016秒(1-60/61)であるから、
 14+0.016×(34-14)=14.32秒
となり、受信時計の進みは14.32秒とわかる。こうして1/100秒の精度で誤差を知ることができる。昔の人はうまい方法を考えたものだ。
(了)

【参考資料】
・WRTH1948~1997年版、WRTH2021年版
・"Le nouvel émetteur de signaux horaires de l'Observatoire de Paris" M.N.Stoyko - John G.Wolbach Library,Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics・Provided by the NASA Astrophysics Data System
・"TDF time signal", Wikipedia(英語版)
・"Histoire de l'Emetteur d'Allouis" 100 ans de Radio - http://100ansderadio.free.fr/HistoiredelaRadio/_Centre/Allouis.htm
・"Rétro-reportage sur Pontoise-TSF" - http://aram95.r-e-f.org/wp-content/pagestech/Retroreportage%20Pontoise%20TSF.pdf
・"Le centre d'émission radioélectrique de l'Administration des P.T.T. à Pontiose", F5IRO Freddy - Blog Radioamateur - https://j28ro.blogspot.com/
・"<<France Inter>> - l'émetteur français de fréquence étalon et de signaux de temps codé" B.Dubouis, BULLETIN BNM,nº63-64,JANVIER-AVRIL 1986
・"Allouis longwave transmitter", Wkipedia(英語版)
・"Diffusion de l'Heure par codage de la phase de l'Emetteur France Inter" - https://tvignaud.pagesperso-orange.fr/am/allouis/allouis-heure.htm
・"Émetteur de Sainte-Assise", Wikipedia(フランス語版)
・"Émetteur de Lafayette", Wikipedia(フランス語版)
・"Observations with Reversible Transit and Wireless Time Signal", Time Service 1949 - John G.Wolbach Library,Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics・Provided by the NASA Astrophysics Data System
・"History of the Bureau International de l'Heure" B.Guinot - https://www.cambridge.org/core
・"Centre national d'études des télécommunications", Wikipedia(フランス語版)
・"LNE-SYRTE" - https://lne-syrte.obspm.fr/

【図の出典】
図1:WRTH1982年版
図2:http://italying.zening.info/map/France/index.htmからの地図に筆者が加筆
図3・4:"Émetteur de Sainte-Assise",Wikipedia(仏語版)
図5:http://lerizeplus.villeurbanne.fr/article.php?larub=133
図6・7:http://100ansderadio.free.fr/HistoiredelaRadio/_Centre/Allouis.html
図8・表1:"Standard Frequency and Time Signal Stations on Longwave and Shortwave"の図表を参考に筆者が作成
図9:"Émetteur de Lafayette", Wikipedia(フランス語版)
図10:https://sites.google.com/site/leparcoursdejacques/home/1962-1965-centre-radio-pontoise
図11:F5IRO Freddy - Blog Radioamateur - https://j28ro.blogspot.com/
図12:"Le nouvel émetteur de signaux horaires de l'Observatoire de Paris"より筆者が作成

(OG)
 

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