戦後の中国の標準周波数報時局     2023.8.18
  (1)中国~上海 BPV・XSG

 図1 上海天文台の建物 図2 WRTH1963年版の記載

 上海天文台がある徐家滙(Xu Jia Hui)はかつてのフランス租界地で、1872年にフランス人がこの地に創建した徐家滙天文台と1900年に創建された佘山天文台が1962年に合併して上海天文台となった。地名の徐家滙はZi Ka Weiと呼ばれ、WRTHなどもこの呼称を使う。これは「19世紀の上海語を聞いた宣教師たちが表記したもの」で、それが呼称として定着したようだ(*2)。

 BPV局は「WRTH1963」から記載された。ここではアドレスが北京となっている。これはBPMのところでふれているが、蘭州に短波報時局を設置する案が頓挫し、北京が一時期候補地となったためである。「国家授時中心」のウェブにあった「建台簡史」によれば、1962年に北京天文台に短波報時局用のアンテナを架設したとある。おそらく電波も発出したと思われ、これがWRTHの記載となったと思われる。北京との記載は「WRTH1965」まであったが、その後しばらく記載はなく、再び記載されるようになったのは「WRTH1971」からで、この時には徐家滙となっていた。

図3 Applied Active Hydrogen Master &Passive Hydrogen Master 

図4 Applied Active Hydrogen Master

図5 Intellectual Active Hydrogen Master

 上海天文台から送信された報時信号は、BPVとXSGの2系統がある。いずれも1954年に開始された(*3)。BPVは1955年から5430kHzと9351kHzを使用して送信を始めた。この2波は報時信号として11:00と13:00に送信を行ったようだ。1958年になると、5MHz/10MHz/15MHzが加わる。送信出力は10kWと15kWで、送信場所は上海の真如地区(上海駅の西に位置する普陀区の中央付近。天文台との距離は約5km)と天文台の翟造成氏からの返信にあった。どの波が15kWなのかという記載はなかった。BPVは1981年7月に送信を停止した。陝西天文台から新たにBPM局が送信を開始したためである。

 "WRTH"や『DX年鑑』、『理科年表』等によれば、送信スケジュールやフォーマットは以下のようであった。

図6 上海天文台の報時信号

 5MHz、10MHz、15MHzは24時間送信、送信フォーマットは、1秒1打点の秒信号で、分信号は長音で示す。毎時00分と30分にモールスによるコールサインが繰り返される。毎時25~30分と55~60分の間は停波する。
 5430kHz、9351kHzは、『理科年表』では11:00~11:05と13:00~13:05に送信されたとあるが、『DX年鑑1983年版』では、9351kHzが20:00~08:00の間の偶数時刻の前後、5430kHzが22:00~06:00の間の偶数時刻の前後52~06分の間に送信されたとある。54分30秒までモールスによるコールサインの繰り返しがあり、秒信号は無変調, 分信号は長音で示された。00分10~30秒と06分10~30秒の間は無変調波が連続送信された。

 標準時間発生装置は、初期にはドイツR/S社製CAA真空管クオーツ時計とCDCトランジスタクオーツ時計が使用され、精度は1×10-9 であった。後に中国製ルビジウム原子時計とアンモニアメーザ時計となった。精度は1×10-11 であった。


 さて、もう一つの報時局であるXSGは、BPVと同じ1954年開局で、522.5kHz/6454kHz/8487kHz/12954kHz/16938kHzで送信していた。「理科年表第31冊(1958)」では、458kHz/6414kHz/8502kHz/12871.5kHzの記載があり、送信周波数は頻繁に変わっていたようである。
 上海天文台には時間頻率中心という部門があり、ここのウェブページにTime Serviceとして、XSGのコールサインで標準信号を送信しているとある。"Klingenfuss 2000 Guide to Utility Radio Stations" を見ると、XSGは確かに上海のコールサインだが、分類は海岸局となっている。どうやら船舶向けに報時信号を送信しているようだ。Zhuang Qixiang氏の論文(*3)には、BPMがある陝西天文台は内陸部にあり海岸局への信号伝送が難しいため、上海天文台が海岸局であるXSGに報時信号を送っているとあった。また、上海人民広播電台の時報情報も上海天文台が担当しているようである。

図7 XSG局のQSL

 2020年8月、XSGとモールス信号を発信している局を16854kHzで確認した。現在も海岸局としては機能しているようだ。この受信に対する返信から、上海海岸電台は交通運輸部東海航海保障中心上海通信中心が正式な名称で、上海海岸電台は別称として使用しているようである。これまで上海天文台が行ってきた報時信号の管理は2006年から陝西にある国家授時中心が行うようになり、毎日4回標準時間との較正が行われている。現在のウェブページにも報時放送の記載があるので、報時信号の送信は継続されていると思われるが、周波数の記載がないため実情はよくわからない。

図8 交通運輸部東海航海保障中心上海通信中心の建物

(*2)宮川慎也「ルネサンスと上海~徐光啓から徐家滙へ」『中央大学人文研紀要』第86号、2017.9
(*3)Zhuang Qixiang"Time Dissemination at Shanghai Observatory"1985.12

 
 (2)中国~陝西省臨潼 BPM・BPC・BPL
 
図9 国家授時中心の建物

図10 WRTH1976年版の記載

①短波送信局
 中華人民共和国成立後、本格的な無線報時局の計画が検討されたのは1955年の全国科技発展12年展望計画の中でのことである。このとき蘭州に報時局の設置が決められたが、ソ連の専門家から蘭州は地震が多いことが指摘され不適となり、北京が候補地とされた。1958年から北京天文台の沙河時間工作站で研究が開始され、1960年には中央人民広播電台に時刻信号を提供し時報に使用されるようになった。しかし、1960年代後半になると新たに西北方面に報時局を建設する計画がはじまり、1966年に陝西省蒲城県臨潼に陝西天文台が建設された。1970年10月に短波報時局の試験発射が行われ、12月からは2.5MHz/5MHz/10MHz/15MHzで試験送信を開始した。当時は50kW送信機4台に30~60m高のアンテナが使用された。その後、拡張工事が行われ、BPM局が正式に発足したのは1981年7月1日のことであった。"WRTH"には1976年版から記載が始まる。おそらく試射の段階から記載がされたのだと思われる。

 2001年3月、陝西天文台は国家授時中心(National Time Service Center:NTSC)と名称を変えている。この当時のBPMの送信スケジュールは、当時のウェブページによれば、5MHzと10MHzが24時間送信で、2.5MHzは7:30~1:00、15MHzは1:00~9:00とある。「WRTH2023」によれば、2.5MHzが10kWで、他は20kWとなっている。送信フォーマットを図11に示す。

図11 BPMの送信フォーマット

 UTCは1000Hzで変調された10mSの秒信号パルスで、UT1は1000Hzで変調された100mSのパルスを使用している。正分の信号は300mSのパルスである。10~15分と40~45分は無変調のキャリアを送信、29~30分と59~00分には局名アナウンスが行われる。局名は最初にモールスで「BPM」を10回送信し、その後、女性の声で「BPM,标准时间标准频率发播台」(Biaozhun shijian Biaozhun pinlü Fabotai)が2回流れる。

図12 BPMの送信サイト

 歴代のQSLカードを以下に示す。

 

図13 歴代のBPMのQSLカード

②長波送信局

 長波を使った報時局の建設がはじまったのは1973年10月のことで、蒲城県城南501高地を候補地とした。1975年から小電力の長波報時局の建設が開始され、1976年7月に試験放送が開始された。1979年11月1日からはBPLというコールサインで100kHzの毎日の定時放送が開始された。1978年5月からは高出力の長波報時局の建設が開始され、1985年7月1日から高出力局BPLの試験放送がはじまった。正式放送が開始されたのは1987年1月2日のことである。「WRTH2023」によればBPL局は100kHz、800kWの出力で、24時間送信がおこなわれている(*4)。

図14 BPLの送信サイト 

図15 BPL送信機

 BPLはロランCのフォーマットで信号を送出している。すなわち、マスター局は9個のパルスを発射する。最初の8個のパルスの間隔は1mS、8番目と9番目のパル寸間隔は2mSである。これによりマスターのパルスの識別を行う。一定時間後にサブ局が1mS間隔の8個のパルスを発射する。このパルスのうち、マスター局の最初のパルスが標準時刻UTCを示す。


 BPCは中国科学院国家授時中心と西安高華科技有限公司が河南省商丘市に共同建設した電波時計用の局で、「低頻時碼授時」と称している。正式開局は2002年4月25日。日本の6ヶ国対応電波時計の中国対応局はこのBPCである。2006年7月、シチズンは中国での電波時計市場強化のために、西安高華科技有限公司に出資している。BPCの諸元は、(a)送信周波数:68.5kHz、(b)送信出力:90kW、(c)送信時間:0:00~21:00、21:00~0:00は停波、(d)送信地:河南省商丘市(34°27'25.2"N、115°50'13.2"E)である。

図16 BPCの送信サイト

 BPCの信号フォーマットには、時間(時、分)、曜日、年月日が含まれる。JJYなどが1分間かけてこうしたデータを送出するのに対し、BPCでは20秒でこれらのデータを送出する。つまり通常の1/3の長さで、電波時計を校正するために必要なデータが得られるようになっている。BPCのデータは20秒を1サイクルとし、パルスの周期は1秒である。パルス幅によって数字をあらわしているのだが、なんと4進法でデータを表現しているのである。4進法は、0→1→2→3→10→11と数が増えていく数え方である。パルス幅が400mSは「3」に対応し、300mSは「2」、200mSは「1」、100mSは「0」となっている。送信フォーマットを図17に示す。ここでP0はサイクルの開始位置をあらわす。P1は何番目のサイクルかをあらわし、「0」は1回目、「1」は2回目、「2」は3回目をあらわす。P2は予備で「0」である。P3は1サイクル目で時刻の午前・午後をあらわす。「0・1」は午前、「2・3」は午後である。2・3サイクル目で送信データの偶数パリティの0~8桁をあらわす。P4の1サイクル目は予備で、2・3サイクル目で偶数パリティーの10~17桁をあらわす。このパリティーのところは筆者には理解できなかった。

図17 BPCの送信フォーマット

(*4)"WRTH2023"では5:30~13:30が送信時間となっているが、「蒲城県人民政府」のウェブページに「蒲城建成時間新地標~"日晷"向我們講述時間故事」という記事があり、この中でBPLは2008年に24時間運用になったとある。なお送信サイトは蒲城県から3km西にある楊庄村となっている。http://www.pucheng.gov.cn/xwzx/mbkbc/62350.htm


  (3)中国~香港 VPS

 アジア・太平洋戦争の初期に香港は日本軍によって占領され(1941年12月)、日本の敗戦までこの状態が続いた。香港天文台のウェブページには、この間日本の占領によって天文台の仕事が中断されたとあるので、おそらく報時業務も停止されたと思われる。

図18 WRTH1974年版の記載

 戦後、香港VPS局の記述が見えるのは、「WRTH1974」である。この時はコールサインの記述はなく、338、5519、8903、13344kHzの4波が掲載され、24時間放送で毎時15分と45分に6点時報が出るとある。「WRTH1980」になりようやくコールサインが記載された。戦前と同じコールサインVPSが使われていることから、戦前の送信地Cape D'Aguilarから送信が行われているのではないかと思われる。

図19 WRTH1980年版の記載

 「WRTH1980」にはVPSの7波が掲載された。500kHz/3842kHz/8539kHz/13020kHz/17096kHz/22536kHzと95MHzである。中波のみ毎時、短波は奇数時の放送である。95MHzはFMを使用し、毎時15分ごとに6点時報を24時間放送した。「WRTH1974」に掲載されていた4波は香港エアラジオの管轄となった。香港天文台のウェブページには、1966年から天文台が直接95MHzの電波を発射していたが、この電波は1989年9月に直接送信を停止した。香港天文台のウェブページにはVPSに関する記述がないので、現在VPS局は運用されていないと思われる。「WRTH1997」まで記述があったが、それ以降は標準周波数報時局の記述自体が限定的となったため、わからない。
 報時信号は各時刻の5秒前から秒信号がでて、6点目の秒信号が正時を示す。これはイギリス式の報時型式である。


【図の出典】
図1 上海天文台の建物 上海天文台のHPより http://www.cas.ac.cn/[2003年9月閲覧]
図2 WRTH1963年版の記載 WRTH.pdf CD[ADDX作製]
図3 Applied Active Hydrogen Master 上海天文台のHPより http://www.cas.ac.cn/[2003年9月閲覧]
図4 Applied ActiveHydrogen Master &Passive Hydrogen Master 上海天文台のHPより http://www.cas.ac.cn/[2003年9月閲覧]
図5 Intellectual Active Hydrogen Master 上海天文台のHPより http://www.cas.ac.cn/[2003年9月閲覧]
図6 上海天文台の報時信号 上海天文台のHPより http://www.cas.ac.cn/[2003年9月閲覧]
図7 XSG局のQSL https://www.utilityradio.com/stations/asia/chn/chn-273_xsg_1-fs.jpg
図8 上海海岸電台の建物 東海航海保障中心上海通信中心 https://www.dhhb.org.cn/shtxzx/
図9 国家授時中心の建物 国家授時中心のHPより https://www.ntsc.ac.cn/
図10 WRTH1976年版の記載 WRTH.pdf CD[ADDX作製]
図11 BPMの送信フォーマット BPMの資料より筆者作成
図12 BPMの送信サイト 国家授時中心のHPより https://www.ntsc.ac.cn/
図13 歴代のBPMのQSLカード 筆者所有
図14 BPLの送信サイト 国家授時中心のHPより https://www.ntsc.ac.cn/
図15 BPL送信機 国家授時中心のHPより https://www.ntsc.ac.cn/
図16 BPCの送信サイト 国家授時中心のHPより https://www.ntsc.ac.cn/
図17 BPCの送信フォーマット https://ost.51cto.com/posts/1731を参考に筆者作成
図18 WRTH1974年版 WRTH.pdf CD[ADDX作製]
図19 WRTH1980年版 WRTH.pdf CD[ADDX作製]

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