戦後のフランスの標準周波数報時局     2023.8.20
  (1)フランス~Eiffel Tower FLE

図1 フランスの地図

  戦後エッフェル塔からの報時送信があらわれるのは「理科年表第20冊(1947)」が最初である。11320kHzで9:30と9:36、22:30と22:36に送信が行われた。『理科年表』にFLEがあらわれるのはこれのみで以後は記載がない。"WRTH"にもあらわれない。戦後にエッフェル塔からの送信が行われたことには疑問が残る。

 
 (2)フランス~Saint-Assise FFH

図2 WRTH1961年版の記載

 WRTHに戦後最初に登場するフランスの局がFFHである。FFHは国立電気通信研究センター(Centre National d'Etudes des Télécommunications:CNET))管轄の報時局である。CNETは郵政大臣(PTT:Posts and Telecommunication)管轄下の組織として1944年5月4日に創立された。1990年に電気通信総局(DGT)がフランステレコムとなった時、CNETはフランステレコムの研究開発センターとなり、2000年3月にはフランステレコムの研究開発部門(R&D)の一部となっている。

 「WRTH1961」では、FFHは2.5MHzの短波で、当初は0.25kWの出力で、毎週火曜日と金曜日の2日間、8時30分~16時30分にSainte-Assiseから送信された。毎時20分にモールスによるIDが出た。「WRTH1967」では出力が5kWに増強され、平日(月曜日~金曜日)の8時30分~16時30分へと送信時間が拡大された。このとき局のIDに音声が加わり、毎時9分と49分はモールスのみで、20分、30分は音声とモールスで告知された。この音声IDはのちになくなり、「WRTH1972」では毎時10分ごとのモールスによるIDとなっている。FFHは「WRTH1982」まで掲載されていた。1980年代の初めに停波したと思われるが、詳細は不明である。

 FFHを送信していたSainte-Assise送信所は、Saine-et-Merne県にあった送信所でパリの南南東郊外にある。開所は1924年7月4日である。開所時に建設された250m高の11本のマストと180m高の5本の支柱はランドマークとなった。1921年11月、ここから1kWの長波送信機でフランス初のラジオ放送の実験が行われ、歌手のYvonne Brothier嬢がフランス国歌や「ミレイユのワルツ」「セビリアの理髪師」を歌ったという。欧州視察をした日本人山本勇は、この送信所がSFR(Societe Francaise Radio-Electrique)製の250kW高周波発電機を使って、波長14300m(周波数21kHz)で大西洋横断通信を行ったと報告している(*4)。第2次世界大戦中にドイツ軍に占領された時、ドイツ海軍はこの送信所を使ってユーボート潜水艦とベルリン間の通信をしたそうだ。このためこの施設は連合軍の砲撃を免れた。なぜならば、当時絶対に解読不能といわれたドイツ軍の「エニグマ」を使った暗号通信は連合軍によって解読されており、「泳がせ作戦」のためにわざとユーボートと通信を行わせてユーボートの位置を確定していたといわれている。この施設が破壊されなかったのはこのためだと考えられ、歴史の皮肉としかいいようがない。施設返還後は、フランス海軍が潜水艦との通信に利用した。現在は衛星放送の送受信基地となっている。

図3 Saint-Assise送信所のアンテナ

 FFH局の送信地については、『理科年表』第39冊(1966)はVaudherland(2°29'E、48°59'N)としている。Vaudherlandは、Vaud'herlandのことで、パリの北北東郊外にあり、近くにはシャルル・ド・ゴール国際空港がある。FFHは以後『理科年表』にはあらわれない。また"WRTH"では、「WRTH1981」になってようやくSt.Assiseと送信所の記述があらわれた。この他に『新BCLマニュアル』では、FFHの送信所をチェバンズとしている。チェバンズとはChevannes(48°32'N、2°27'E)のことである。そういえばウェブに掲載されたFFHからのQSL(図4参照)では、このChevannesを抹消してSainte-Assiseとなっていた。したがって、どこかの時点でSainte-Assiseへ移転したと思われる。

図4 FFHのQSL

(*4)山本勇現時歐米(英佛獨米)に於ける無線電信電話概況」『電氣学会雑誌』大正11年11月 https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal1888/43/417/43_417_324/_article/-char/ja/

 
 (3)フランス~Bordeaux FYL

  Bordeauxに近いLafayette送信所からLY(FLY)が送信されており、1942年5月を境に送信が途絶えたことは戦前編で述べたが、「理科年表第20冊(1947)」には超長波15.7kHzを用いて、8:00と8:06、20:00と20:06に送信が行われたとある。FYL局の記述は「理科年表第22冊(1949)」まであったが、以後はない。
 (4)フランス~Pontoise FYA・FYP・TMA・TMD・TQC・TQG
 
 Pontoiseからは、戦前、FYB(10580kHz)/TMA2(10020kHz)/FYB2(10580kHz)が送信を行っていた。「理科年表第20冊(1947)」にFYB局が10580kHzで8:00/8:06/20:00/20:06に送信を行ったとある。次にあらわれるのは「第23冊(1950)」で、TMA3(10015kHz)が8:06に、TMD(12855kHz)が20:06に送信された。これは翌年と2年間だけの記載であった。「第25冊(1952)」には、FYP(91kHz)~8:06/9:36/20:06/22:36、FYA(7430kHz)~20:06/22:36、TMA(10010kHz)~8:06/9:36、TMD(12855kHz)~20:06/22:36があらわれる。翌年には各報時時刻の6分前の時刻も追加になる。「第27冊(1954)」になると、FYPの周波数が90.9kHzに変更され、13:06/21:06が追加された。またFYAはFYA3(7428kHz)に変更、TMAとTMDは廃止され(*5)、代わってTQC(10775kHz)~8:06/20:06とTQG5(13873kHz)~9:36/13:06/22:36が追加された。「第29冊(1956)」では、TQCがTQC9に、TQG5の周波数が13878kHzに変更された。この体制が「第37冊(1964)」まで続いた。翌年になると、これらの局はすべて姿を消し、次に述べるBIHの局に置き換わった。ちなみにこの項で述べた局については、WRTHにはなんの記載もない。

(*5)『東京天文台 無線報時史』第2部資料編P80に「1952 TMD廃止 Dec31」の記述がある。


 (5)フランス~BIHの局 FTA9・FTH42・FTK77・FTN87
 
 BIHはBureau International de l'Heure国際時間局のことである。まずBIHのことについてふれておきたい。20世紀の初めに無線による報時信号の送出が各国ではじまり、複数の局の報時信号を受信して比較できるようになると、それぞれの局が発している時刻にズレがあることがわかった。そこで1912年パリで国際会議(Conférence Internationale de l'Heure Radiotélégraphique)が開かれ、翌年BIHが設置された。パリ天文台の中に置かれたBIHだったが、第1次世界大戦が勃発したため正式な承認は1919年までお預けとなった。BIHは1929年から1966年まで、各国の時報信号を受信し、その差を記述したブレティンを発行し続けた。1987年、BIHの業務は時間分野をBIPM(Bureau international des poids et mesures:国際度量衡局)が、地球の自転監視分野をIERS(International Earth Rotation Service:地球回転監視事業)が引き継ぎ、BIHは1988年1月1日に解散した。

図5 パリ天文台

 「WRTH1966」によれば、FTA91は91.15kHzの長波を使い、45kWの出力でSt.André de Corcyから一日に7回(08:00/09:00/09:30/13:00/20:00/21:00/22:30)送信した。FTH42とFTK77、FTN87は短波を使った送信のためかPontoise送信となっている。FTH42は7428kHzで毎日9:00と21:00の2回、FTK77は10775kHzで毎日8:00と20:00の2回、FTN87は13873kHzで9:30と13:00と22:30の3回送信した。出力はいずれも6kWである。

 「WRTH1979」ではこれらの局の管轄がBIHからLPTF(Laboratoire Primaire du Temps et des Fréquences:時間と周波数の初等研究所)へと変わっている。LPTFは、1976年にパリ天文台とBNM(Bureau National de Métrologie:国立計量局)によって設立された組織である。
 「WRTH1980」ではFTA91に代わってFTA83が登場した。長波83.8kHzを使い、45kWの出力で送信された。この局は1980年5月31日まで運用された実験局であった。毎週月曜日(9:30~12:00、14:00~16:00)と火曜日(9:30~12:00)に送信が行われた。この局が後のAllouisからの長波送信につながっていくものと思われる。

 さてもう一つの局であるFTA91を送信していたSt.André de Corcy送信所は、Lyonの北、Ain県にあった送信所で、1960年に開局し1993年に閉鎖された。元の送信所は1916年Lyon-la Douaに開設されたものだが、1961年にSt.André de Corcyに移転された。これらの局については詳細は不明である。

図6 BIH管轄の報時局のQSL

 これらBIHの局FTA91、FTH42、FTK77は1985年3月に停波した(*6)。

(*6)"Standard Frequency and Time Signal Station on Longwave and Shortwave",Klaus Betke,2007.5 https://digilander.libero.it/occultazioni/segnali-di-tempo.pdf

 (6)フランス~Allouis ALS162
 
 「WRTH1981」から登場するのはBNM(Bureau National de Métrologie:国家計量局)管轄の局である。長波163.84kHzを使用し、昼間2100kW、夜間1000kWの高出力で、Allouisから送信された。163.84kHzという中途半端な周波数は、10×214(=163840)に由来しデジタル分周するのに適しているためだそうだ。送信は連続的に行われ、水曜日の00:05~03:58のみメンテナンスのために休止した。この局にはコールサインがない。この局は1980年3月に運用が開始され、1986年2月に周波数が162kHzに変更された。この局が現在のフランスの報時局につながる。この局の送信信号の特徴は、フランスインター(フランスの公共放送)のAM電波を位相変調していることである。長波放送自体は2016年末に終わりを告げたが、位相変調の報時信号は継続され、ALS162と呼ばれている。

図7 Allouis送信所のアンテナ

 この局は、管轄が途中でBNMからLNE-SYRTEに変更になった。正確なところは不明だが、2002年に組織の合併がありBNM-SYRTEとなり、この組織が名称変更したようである。LNE-SYRTEはLaboratorie National de Metrologie et d'Essais - Systemes de Reference Temps-Espace (国立計量試験研究所-時空間参照システム)のことである。

 Allouis送信所は、パリの北の郊外に位置する。開局は1939年10月で、Radio Parisの放送を波長1648m(周波数182kHz)で中継した。第2次世界大戦中、ドイツ軍に占領された時期には、この送信所はイギリスのBBC放送の妨害のために使用された。この妨害を阻止するためフランスレジスタンスの手で2本の送信アンテナが爆破されるという事件が起こった。1944年8月にドイツ軍が撤退するときには長波送信機が爆破されたため、長波での送信再開は1952年のこととなった。308m高のアンテナと250kW送信機で、1829m(164kHz)を使いParis Interラジオが放送された。1974年には設備の更新が行われ、アンテナが308m高から350m高になり、1000kWの送信機が稼働し、総出力は2100kWとなる。1975年には送信所はORTFからTDFに運用が引き継がれ、1977年からは位相変調信号が重畳されるようになった。このとき送信周波数が当初の164kHzから163.84kHzへと変更された。送信周波数は1986年に162kHzに変更された。2016年、France Interは2017年12月31日をもって162kHzの長波放送を停止すると発表したが、位相変調信号によって動作している電波時計が30万台以上あることから、位相変調の信号だけは継続されることとなった。

 ALS162局の送信信号は、位相変調によりデジタルデータを送出している。位相変調は、162kHzの搬送波から±1ラジアン(約57.3°)位相をずらすという変調方法である。図8に示すように、(A)のような位相変化をする信号を「0」、(B)のような位相変化をする信号を「1」とする。この位相変調信号は、毎分59秒目を除く各秒の最初の0.1秒の部分で行われる。各秒の情報の意味を表1に示す。このフォーマットは、ドイツのDCF77(77.5kHz)とほぼ同じものである。

図8 ALS162の変調波形

表1 ALS162のフォーマット

 「WRTH2023」によれば、ALS162局は162kHz、800kWで24時間運用されている。PSK(Phase Shift Keying)のため通常の受信機では受信できない。


【図の出典】

図1 フランス地図 http://italying.zening.info/map/France/index.htmからの地図に筆者が加筆
図2 WRTH1961年版の記載 WRTH.pdf CD[ADDX作製]
図3 Sainte-Assise送信所アンテナ Wikipedia(仏語版)"Émetteur de Sainte-Assise"
図4 FFH局のQSL https://www.iz3enh.it/tvQsl.php
図5 BIH管轄の報時局のQSL http://drahtlos-wireless.blogspot.com/2012/
図6 Paris天文台 https://hongkong.consulfrance.org/The-Paris-Observatory-at-the
図7 Allouis送信所アンテナ Wikipedia(英語版)"Allouis longwave transmitter"
図8 ALS162の変調波形 https://tvignaud.pagesperso-orange.fr/am/allouis/allouis-heure.htm の図を参考に筆者作成


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