戦後のイギリスの標準周波数報時局     2023.8.26
  (1)イギリス~グリニッジ天文台管轄の局 GIC・GIA・GKU・GPB・GID・GBR・GBZ

図1 WRTH1954年版の記載

  戦前から送信されていたのはGBR局である。戦後も「第20冊(1947)」から掲載された。超長波16kHzで10:00と18:00に信号を送出した。送信所はRugbyである。「第23冊(1950)」になると短波送信GIA(19640kHz)が10:00に電波を出すようになる。以後、短波送信の波は増え続け、「第25冊(1952)」ではGIC(8640kHz)、GKU(12450kHz)が10:00と18:00に、「第26冊(1953)」ではGKU2(17685kHz)、GID(13555kHz)が10:00/10:06/18:00/18:06に、「第27冊(1954)」ではGKU3(12455kHz)、GIC27(7397.5kHz)が同じ時刻に、「第29冊(1956)」ではGPB30(10332.5kHz)、GKU5(12790kHz)が同じ時刻に電波を送出した。『理科年表』に掲載されたこれらの局は、グリニッジ天文台の管轄の局である(GIA・GKUは後述)。

 これらの局がWRTHに掲載され始めるのは「WRTH1959」からである。それ以前からもグリニッジ天文台管轄の報時信号はあったが、International Time Signalという表記で周波数のみが記載されていた。周波数をみればコールサインとの関連が見てとれる。「WRTH1962」には、電離層の状況予報のために周波数の変更は不定期に行われると書かれている。短波帯で様々な周波数を使って報時信号を出していた理由の一端がわかる。短波帯を使った送信は1970年代に入ると記述がなくなった。超長波GBR(16kHz)の方は1986年11月に終了した(*16)。およそ60年にわたり報時信号を送出してきたことになる。

 超長波のGBZ(19.6kHz)は「第30冊(1957)」にあらわれたのみである。その後、「第40冊(1967)」にあらわれ、このときはRugbyではなくCriggionとなっていた。欄外には「現在、臨時に発信されているもので、近々Rugby(1°11'W;52°22'N)、GBR、16kHzに復す予定」とあった。一時的な運用だったものと思われる。このCriggionはShrewsburyの西20kmの地、Birminghamの西北西約80kmにある農村である。

(*16)GBR局の終了時期については、"Radiostation Rugby"というウェブページでは、1986年夏とあり、"Time from NPL(MSF)"[Wikipedia(英語版)]では1986年11月となっている。Wikipediaの出典をあたってみたが、わからなかった。ここでは1986年11月を採用した。

 
 (2)イギリス~NPL管轄の局 MSF
 
図2 WRTH1955年版の記載

  送信地は同じRugbyだが、こちらはNPL(National Physical Laboratory:国立物理研究所)が管轄する局で最初の記載は「WRTH1955」である。長波60kHz、10kWと短波2.5MHz/5MHz/10MHz、各0.5kWで送信した。60kHzは14:29~15:30のみ、短波は毎時15~20分の中断を含む24H運用であった。3回のモールスによるコールサインの後音声によるアナウンスがあった。「WRTH1967」では長波60kHzの送信時間が短波と同じ24時間運用となった。送信フォーマットは、毎時5:00~9:30/15:00~19:30/25:00~29:30/35:00~39:30/45:00~49:30/55:00~59:30が休止、休止後の30秒間にモールスでコールサインと周波数オフセットを3回報じた。「WRTH1970」では長波の出力が50kWとなった。「WRTH1978」では短波の3波の出力が5kWに増強された。しかし「WRTH1980」になるとまた元の0.5kWに戻っている。「WRTH1989」では短波3波の記載がなくなり、60kHz、27kWのみとなった。

図3 MSFの信号

 MSF局の送信が始まったのは1950年2月からである。Rugbyからの送信は2007年4月までで、その後はカンブリア州Anthornからの送信となった。この36年間はGBRとMSFという2つの報時局がそろってRugbyから送信されていたことになる。

 Anthorn送信所は、リバプールの北約170kmの地にあり、ソルウェー湾に面している。ここには超長波と長波の送信機が設置されており、超長波19.6kHzは潜水艦との通信に使われる。このコールサインが以前出てきたGBZであるのは興味深い。長波送信機はMSFのために使用されている。

 MSFの信号に含まれるバイナリデータの内容は次の通りである。データは、秒信号の100ms~200msがビットAを、200ms~300msがビットBをあらわす。それぞれ搬送波が「ない」ならば「1」を、搬送波が「ある」ならば「0」をあらわす。

表1 MSFのデータテーブル

図4 MSFのQSL

 「WRTH2023」によれば、現在MSF局は60kHz、15kWで24時間運用されている。

Web: https://www.npl.co.uk/
Email: time@npl.co.uk
住所: National Physical Laboratory, Hampton Road, Teddington, Middlesex, TW11 0LW, United Kingdom

 (3)イギリス~Leafield GIA・GKU
 
 Leafieldには戦前GBLという報時局があったことはすでに述べたが、先に述べた「グリニッジ天文台管轄の局」については、送信所が錯綜しており、ここで整理しておきたい。 Leafieldからの送信として戦後最初に記載されたのは「第25冊(1952)」からで、GIA(19643kHz)が10:00と18:00に送信したとある。このときGKU(12450kHz)も記載されているが、これはRugby送信となっている。「第26冊(1953)」でも同様にGKU2(17685kHz)はRugby、GIA(19640kHz)がLeafieldとなっている。「第27冊(1954)」ではGIAはなくなり、GKU3(12455kHz)がRugby、GKU2(17685kHz)がLeafieldとなった。「第29冊(1956)」ではGKU5(12790kHz)とGKU37(17685kHz)はともにLeafieldになっている。「第30冊(1957)」ではGKU5の周波数が13555kHzに変更されている。「第31冊(1958)」では、GKU局はLeafieldではなくRugbyとなった。GKU5は「第33冊(1960)」まで記載がある。GKU局はWRTHには記載がない。

 『無線報時史』には、GIA・GKU局の受信記録があるが、どれもRugbyとなっている。この中で、GIA局は1952年9月に中止と書かれている。また、GKU2局は1953年7月に中止と書かれている。GKU5局については1957年のIGYを前後して1955年10月から1958年までの受信記録が見られる。

 Leafieldは1921年に開局した送信サイトで、General Post Officeが所管していたが、1986年にBritish Telecomの所管となる。局は1993年に閉鎖され、その後は自動車レース競技場となっている。LeafieldとRugbyは距離にして60kmほどなので、1950年代末には業務がRugbyに統合されたのではないかと思われる。

 (4)イギリス~Droitwich
 
図5 Droitwich送信所の建物

 Droitwichからの電波を報時局に含めるのは少々無理があるが、報時の型式として珍しいので取り上げておくことにする。

 Droitwichは1934年に開設された長波と中波の送信所である。場所はイギリス南西部ウスターシャー州に位置し、ロンドンから約140kmある。ここからは長波198kHz(500kW)でBBC Radio4 が、中波では693kHz(150kW)でBBC Radio5 と1053kHz(500kW)でTalksport、1215kHz(105kW)でAbsolute Radioが送信されていた。アンテナにはT型アンテナが使われ、213m高で間隔は180mある。2つのアンテナの1つは反射器として使われ、ビームは北東方向に向いていた。

図6 Droitwich長波送信機操作卓

 ここで取り上げるのは長波のBBC Radio4である。このBBCの信号には放送波としての役割の他に、時間信号とTeleswitchコントロール信号を位相変調で送出した。つまり、振幅変調で放送の音声を送りながら、位相変調でデータを送っていたのである。このシステムはRadio Data Signalling(RDS)と呼ばれ、1983年に開始された。Teleswitchとはイギリスの電力会社が管理する遠隔操作スイッチで、電力需要の負荷を分散するために、契約に応じて、需要がピークの時間帯にスイッチをオフするものである。つまり安い契約をすれば、使えない時間帯があるというものだ。このように放送波にデータ信号を重畳するという形を取っていたが、この長波198kHzは2011年10月に停波してしまった。送信管の入手が困難というのがその理由であった。Droitwichの送信所でイングランドとウェールズをほぼカバーするが、スコットランドにはこの長波送信と同期した補助的な送信機が2ヶ所にあった。Westerglen(198kHz、50kW)とBurghead(198kHz、50kW)である。

図7 位相変調の原理

 RDSの仕組みについて以下に述べておく。時間信号とTeleswitchのコントロール信号は搬送波を位相変調することでデータを送出する。位相変調は22.5°位相を進ませたり、遅らせたりすることでデジタルのビットを表す。図に示すように、進み→遅れを「1」とし、遅れ→進みを「0」とする。ビットレートは25bit/sときわめてゆっくりしたものである。データフォーマットには時間信号とコントロール信号があるが、今回は時間信号のフォーマットのみ取り上げる。

図8 時間信号のブロック

 時間信号は2秒に1ブロックのデータを創出する。1ブロックは50bitで構成される。ブロックの最初はスタートビットで常に「1」である。次の4bitはアプリケーションコードだが、内容は不明である。6bit目は「0」なら以下がタイムコードに、「1」なら以下がメッセージコードになる。7・8bitはうるう年を表す。9-11bitは曜日を表す(001は月曜、111は日曜)。12-17bitは年間の第何週目かを表す。18-20bitは日を、21-25bitは時を、26-31bitは分をあらわす。32-37bitはUTCに対する現地時間のオフセットを表す。38-50bitはCRCコード(誤り符号)である(図9参照)。


図9 時間信号のフォーマット

 長波のラジオ放送の搬送波にデータ信号を埋め込んで使用するというのはあまり例がないので紹介した。さて、長波放送が停波した後、電力コントロールをしていたteleswitchはどうなったのだろうか。答えは、マイコン制御のスマートメーターに移行しているそうだ。


 「WRTH2023」には、このDroitwichからの局も記載されてる。198kHz、500kWで24時間運用されている。ただし、PSK(Phase Shift Keying)なので、通常の受信機では聞くことができない。住所、WebなどはMSFに同じである。

 (5)イギリス~Leeds LDS

図10 リーズの地図

 この局はリーズ大学電子・電気工学スクール(School of Electronic and Electrical Engineering, Leeds University)が運営する報時局である。NICTのウェブページに出ていたので、出典を問い合わせたところ、BIPMのレポート(*3)を紹介された。これによれば、LDS局は5MHzで24時間運用していたようだ。それ以外の詳細は不明。ただ、2008年に停波したとの情報も記載されていた。リーズ大学は1904年に創立した大学で、国立の3年制大学である。大学の実験局のような位置づけだったのであろうか。


図11 リーズ大学電気・電子工学スクール

(*3)"BIPM Annual Report on Time Activities", Vol.3 2008



【図の出典】
図1 WRTH1954年版の記載 WRTH.pdf CD[ADDX作製]
図2 WRTH1955年版の記載 WRTH.pdf CD[ADDX作製]
図3 MSF局の信号 NPLのHP"MSF 60kHz Time and Date Code"
図4 MSF局のQSL https://www.hfunderground.com/board/index.php?topic=28538.0
図5 Droitwich送信所建物 "Droitwich Calling" https://www.bbceng.info/Operations/transmitter_ops/Reminiscences/Droitwich/droitwich_calling2.pdf
図6 Droitwich長波送信機操作卓 同上
図7 位相変調の原理 "L.F.RADIO-DATA:Specification of BBC phase-modulated transmissions on long-wave"より
図8 時間信号のブロック 同上
図9 時間信号のフォーマット 同上
図10 リーズの地図 筆者作成
図11 リーズ大学電子・電気工学スクール GoogleMapの写真


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