戦後のドイツの標準周波数報時局     2023.8.23
  (1)ドイツ~German Hydrograhic Institute管轄の局 DAN・DAM・DAO

図1 北ドイツの地図

 German Hydrograhic Instituteは、ドイツ名をDeutsches Hydrographisches Institut(DHI)と称し、ドイツ水路研究所と訳される。DHIの前身は1867年に設立された北ドイツ海事天文台で、北ドイツ地方一帯の航海の安全や気象に関する情報を提供した。このためDHIが管轄する3局は北ドイツの海岸部に存在している。PTB(Physikalisch-Technische Bundesanstalt:理工学研究所)発行の資料によれば、1910~1916年頃にNorddeich海岸局がドイツで最初に報時サービスを開始したとある(*7)。DHIは現在は統合されてBundesamt für Seeschifffahrt und Hydrographie(BSH)ドイツ連邦海事水路庁となっている(*8)。

図2 DHIの建物

図3 WRTH1967年版の記載

 NorddeichにあるDAN局は、「WRTH1967」によれば、2614kHz、2kWで、23:55~0:06と11:55~12:06に報時信号を送信した。DAN局は戦前からある局で、最初は長波での送信だったが、後に短波送信となった。

 ElmshornにあるDAM局は、「WRTH1966」によれば、4265kHz(5kW)、6475.5kHz(5kW)、8638.5kHz(10kW)、12763.5kHz(15kW)、16980kHz(15kW)の5波を0:06/11:55/12:06/23:55に送出した。送信スケジュールは少々複雑で、3月21日~9月20日の23:55~0:06が6475.5kHzと12763.5kHz、9月21日~3月20日の23:55~0:06が4265kHzと8638.5kHz、11:55~12:06が8638.5kHzと16980kHzである。ElmshornはHamburgの北北西約30kmに位置する。

 KielにあるDAO局は、「WRTH1967」によれば、2775kHz、2kWで、11:55~12:00と23:55~0:00に信号を送出した。Kielはバルト海に面した港で、ユトランド半島の東南に位置する交通の要衝である。

 これらDHI管轄の局に時刻情報を提供していたのはポツダムにあるBabelsberg天文台である。この天文台は1913年に開設したが、ベルリン天文台が町の光で観測が不可能になったためにこの地に移設されたものである。

図4 Babelsberg天文台

 『無線報時史』では、1954年5月からDAN局が受信され、1959年まで受信を継続した事が書かれている。しかし受信周波数が17100kHzで、この周波数はWRTHには見当たらない。DAM局は1958年1月から受信され、これは16980kHzであった。『理科年表』をみると、「第25冊(1952)」からDAN局が記載されており、131kHzと17105kHz、12:06となっている。17105kHzは『無線報時史』の受信周波数とほぼ合致するが、長波131kHzについてはわからない。この長波は「第29冊(1956)」まで記載があった。「第30冊(1957)」からは8678kHzと16978kHzとなっており、ほぼWRTHと同じ周波数となった。「第33冊(1960)」からはNorddeichでコールサインがDAMとなっているが、これはミスであろう。「第39冊(1966)」では、正しいElmshornとなった。

 これらDHI管轄の局は「WRTH1985」まで記載されていたが、以後はない。PTBの資料によれば、これらの局は1970年4月1日に送信を終了したとあるが(*7)、WRTHの記載が1985年まであったのはなぜなのだろうか。

図5 DAN局のQSL

(*7)"50 years of time dissemination with DCF77",PTB Mitteilungen Special Issue Vol.119(2009),NO.3 https://www.ptb.de/cms/fileadmin/internet/publikationen/ptb_mitteilungen/mitt2009/Heft3/PTB-Mitteilungen_2009_Heft_3_en.pdf
(*8)"History",BCH(Bundesamt Fur Seeschifffahrt und Hydrographie)HP https://www.bsh.de/EN/The_BSH/About_us/History/history_node.html

 
 (2)ドイツ~Mainflingen DCF77

図6 フランクフルト近郊の地図

 DCF77局はPTB(Physikalisch-Technische Bundesanstalt:理工学研究所)が管轄する報時局で、1959年1月1日に開設された。現在は、ドイツテレコムの子会社であるT-Systems Media & Broadcast社が運営している。送信所があるMainflingenは、フランクフルトの東南東約5kmに位置し、近くをマイン川が流れる。DCF77のサイトをGoogle Mapで調べると、住所はMainhausenと出てくる。地形的にもMainflingenの町よりもMainhausenの町に隣接するのだが、Mainflingenとした理由はわからない。

図7 WRTH1963年版の記載

図8 PTBのDCF77コントローラ

図9 DCF77の送信アンテナ

 DCF77は「WRTH1963」からあらわれる。77.5kHz、12kWで7:45~12:45と19:45~20:45に送信した。CCIR(1963)には月曜から土曜の6:45~10:35と19:00~2:10(3/1~10/31、11/1~2/28は1:00終了)とある(*9)。1970年9月からは24時間運用となった。1973年6月からは時間コード情報を電波に埋め込み、電波時計が使用できる環境を整えた。1983年には、時間コードをFSK変調で電波に埋め込んだ。「WRTH1976」では送信出力が50kWに増強された。DCF77の送信フォーマットは以下の通りである。

図10 DCF77の送信フォーマット

 Mは分マーカーを示す。1~14秒は気象予報と暗合で保護された所有権コードに使用されている。R=1の時はバックアップアンテナが使用された場合である。A1=1は次の夏時間の有無を示す。Z1/Z2=01ならば冬時間、10ならば夏時間である。A2=1はうるう秒を示す。Sは常に1。タイムコードの始まりをあらわす。21~27秒はBCDコードで分を示す。P1はその合計パリティである。29~34秒はBCDコードで時間を示す。P2はそのパリティである。36~41秒は日にちを、42~44秒は曜日を、45~49秒は月を、50~57秒は年の下2桁を示す。いずれもBCDコードである。P3は36~57秒のパリティをあらわす。59秒は無信号である。

図11 DCF77のQSL

 「WRTH2023」によれば、現在DCF77局は77.5kHz、50kWで24時間運用をしている。
Web: https://www.ptb.de/
Email: time@ptb.de
住所: Physikalisch-Technische Bundesanstalt, ndesallee 100, 38116 Braunschweig, Germany.


(*9)”Standard-Frequencies and Time-signals",Documents of the Xth Plenary Assembly,1963 Geneva Vol.Ⅲ

 
 (3)ドイツ(旧ドイツ民主共和国)~Nauen DIZ・Y3S

図12 ベルリン近郊の地図

  戦前、NauenからはPOZ局が報時を送信していた。戦後最初の『理科年表』第20冊(1947)にのみ以下の局が記載されている。DFY(16.6kHz)~0:00/0:06/12:00/12:06、DFP(7920kHz)~0:06、DFC(12976kHz)~12:06、DGZ(14606kHz)~12:06。実態についてはわからない。ドイツは第2次世界大戦で敗北し、連合国軍に占領された。東西冷戦が本格化する中で、東西ドイツに分かれて独立した。Nauenの地はドイツ民主共和国(東ドイツ)領となった。Nauen送信所の送信設備は戦後ソ連占領軍が解体・移動した。送信所の建物は1955年までジャガイモ貯蔵所として使われていたが、1959年に再び送信所として復活した。ここからRadio Berlin Internationalが全世界に向けた放送を行った。当初、21台の100kW送信機と45基のアンテナが稼働したが、1971年になると3台の500kW送信機が追加され、23基のハイゲインカーテンアンテナが使われた。1990年10月3日にドイツが統一されると、送信施設はDeutsche Welleに移管、翌年Deutsche Bundespost Telecomの管轄となった。

図13 WRTH1966年版の記載

 東西ドイツに分かれてからはじめてWRTHにあらわれたのは「WRTH1966」である。German Geodetic Institute(ドイツ測地研究所)の管轄で、DIZ(4525kHz)、5kWで5:00~8:15と9:45~2:00に送信した。「WRTH1967」では送信時間が9:45~8:15になった。「WRTH1970」には、Central Instituite of Physics of the Earth(地球物理中央研究所)の管轄となった。

「WRTH1975」では送信時間が8:15~8:45を除く一日送信となった。「WRTH1981」ではコールサインがY3Sに変更された。東西ドイツの統一により停波した。

Bordeauxに近いLafayette送信所からLY(FLY)が送信されており、1942年5月を境に送信が途絶えたことは戦前編で述べたが、「理科年表第20冊(1947)」には超長波15.7kHzを用いて、8:00と8:06、20:00と20:06に送信が行われたとある。FYL局の記述は「理科年表第22冊(1949)」まであったが、以後はない。


図14 Y3SのQSL

 (4)ドイツ(旧ドイツ民主共和国)~Oranienburg DGI

図15 WRTH1975年版の記載

  この局は「WRTH1975」からあらわれる。管轄は、Zentralinstitute fur Physik der Erde:地球物理中央研究所である。Oranienburgはベルリンの北30km弱の地にある。近くにはザクセンハウゼン強制収容所跡がある。報時信号は長波185kHz、0.75kWで6:00、12:00、18:00のそれぞれ30秒前から正時まで送信された。0.1秒幅の秒パルスは、30~40秒と45、50、、58、59、00秒に送信された。「WRTH1977」では出力が750kWに増強された。「WRTH1980」では周波数が182kHzとなった。周波数は「WRTH1985」では179kHzに、「WRTH1987」では177kHzになった。この局も1990年の東西ドイツ統一で姿を消した。


【図の出典】
図1 北ドイツの地図 筆者作成
図2 DHI(ドイツ水路研究所)の建物 https://www.bsh.de/EN/The_BSH/About_us/History/history_node.html
図3 WRTH1967年版の記載 WRTH.pdf CD[ADDX作製]
図4 Babelsberg天文台 https://www.flickr.com/photos/herbraab/37107453872
図5 DAN局のQSL https://www.utilityradio.com/stations/europe/d/d-3049_hydro%20norddeichl_1-fs.jpg
図6 フランクフルト近郊の地図 筆者作成
図7 WRTH1963年版の記載 WRTH.pdf CD[ADDX作製]
図8 PTBのDCF77コントローラ "50 years of time dissemination with DCF77",Special issue H08151, PTB mitteilungen Vo.119(2009)NO.3
  https://www.ptb.de/cms/fileadmin/internet/publikationen/ptb_mitteilungen/mitt2009/Heft3/PTB-Mitteilungen_2009_Heft_3_en.pdf
図9 DCF77送信アンテナ 同上
図10 DCF-77の送信フォーマット 同上の図を参考に筆者作成
図11 DCF77のQSLカード
図12 ベルリン近郊地図 筆者作成
図13 WRTH1966年版の記載 WRTH.pdf CD[ADDX作製]
図14 Y3SのQSLフォルダー https://www.flickr.com/groups/qsl/pool/page33/
図15 WRTH1975年版の記載 WRTH.pdf CD[ADDX作製]

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