戦前のフランスの報時局 2023.5.26 |
(a)Eiffel Tower FL(FLE) |
図1 エッフェル塔のアンテナ エッフェル塔はフランス革命100周年を記念して開かれたパリ国際博覧会の目玉として1889年に建設されたが、パリ市民の評判はかんばしくなかった。そのため塔の所有がパリ市に移管される1909年には解体されることが確実視されていた。ところが1903年12月、フランス陸軍のGustave Ferrieがエッフェル塔にフランス軍の軍事用電波施設を設置し、400kmを超える無線通信に成功したことから、新たな塔の活用法が見出され、塔は解体をまぬがれた(*1)。 エッフェル塔からの報時信号の送信は1908年で、ヨーロッパで最初の無線報時信号である。周波数115.4kHzで、10:45と20:00に電波を発した。1913年頃には、送出時刻に9:30と10:00が追加された。『理科年表』第3冊(1926)では、周波数が113.21kHzと若干の変更がある。「第5冊(1929)」には短波9230kHz(8:00、20:00)が加わるが、翌年には記述がなくなっている。「第14冊(1938)」以降は記述がない。1940年にドイツがフランスに侵攻し、パリを含む広範な地域が占領されたことから、1940年には停波したものと思われる。 1920年から1922年に欧米に留学した山本勇は、その報告論文「現時歐米(英佛獨米)に於ける無線電信電話概況」(*2)の中でエッフェル塔の無線施設について以下のように述べている。 「空中線は彼のEiffel塔の頂上附近から六本の導線が約三十度の角度を地面に作る如く張り下げられ其最上部は地上より290米の高さにある。空中線の容量は0.015mfdで、Self Inductanceは2,600米の波長のときに140microhenry 抵抗は2,250米の波長に對して7.5オーム 3500米の波長に對しては5.1オーム、6000米以上の波長に對しては4オームである。送信設備としては第一にinput150KWの音響火花式があり、2,600米の波長を以て、時間信號、天氣豫報等の放送をやつてゐる。第二にはinput150KWの電弧式で波長3,200より8,000米の範圍に於て陸軍用或は公衆用通信に供せられ、其外に空中線出力20KW 波長10,000米の高周波發電機及び空中線出力1KWの眞空管式がある。眞空管式は無線電話用に供せられ、最近、例の無線電話、音楽等の放送を開始してゐる。」 エッフェル塔からの報時放送は、1667年に創立されたパリ天文台との間4kmを地下ケーブルで結び、一日2回、10:44と22:44に5分間行われた。放送のフォーマットを図2C-3に示す(*3)。他の資料(*4)では、10:44(または22:44)の前に1~2回、"wait"(・-・・・)が送信され、44分のダッシュ(-)へとつながる。また49分のあとには"finish"(・-・-・)が打たれ、コールサインの”FL FL"(・・-・ ・・-・)、そして"end of work"(・・・-・-)信号で終了するとある。 図2 FL局の送信フォーマット (*1)"The Eiffel Tower and Science",OFFICIAL Eiffel Tower Website https://www.toureiffel.paris/en/the-monument/eiffel-tower-and-science/ (*2)山本勇現時歐米(英佛獨米)に於ける無線電信電話概況」『電氣学会雑誌』大正11年11月 https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal1888/43/417/43_417_324/_article/-char/ja/ (*3)F.W.Dyson,"Wireless Time Signal",The Observatory Vol.36,1913 (*4)"Greenwich Time by Wireless",Modern Wireless,1923.2 |
(b)Lyons YN |
図3 Lyon-la Doua送信所 リヨンからの報時の送出は、1916年に開局したLyon-la Doua送信所からだと思われる。この送信所は、第1次世界大戦時にエッフェル塔の無線設備が敵に渡ることを恐れて、新たにリヨンに建設されたといわれる。120m高の8本の塔に750m長の13本のエレメントが架設されたアンテナを設置した。 YN局の送信は1918年からはじまり、周波数19.6kHz、8:30と9:00の送信であった。1926年以降は記述がないが、ボルドー局LYの開設により、役目を終えたのではないかと思われる。 |
(c)Bordeaux LY(FYL) |
図4 Lafayette送信所の建物とアンテナ群 ボルドーからの報時の送出は、1920年に開設されたLafayette送信所からだと思われる。この送信所は、第1次世界大戦が始まり、欧米間の海底ケーブルが切断されたことから、欧米との連絡用に設置された。第2次世界大戦時は1940年のドイツの侵攻でボルドーが占領された時、この送信所はドイツ軍の潜水艦との通信施設として活用された。1944年のドイツ軍撤退時に送信所は破壊されている。 LY局の開始は『理科年表』では1925年となっているが、『東京天文台 無線報時史』には1923年からの受信記録がある。周波数15.7kHz、8:00と20:00の送信であった。「第5冊(1929)」では周波数が15.9kHzに変更され、「第10冊(1934)」でまた元に戻っている。この局は「第19冊(1943)」まで記載されている。「無線報時史」には、1942年5月に"以后送信ナシ"と記されている。また、コールサインが1928年1月にFYLに変更されている。 |
(d)Issy-les-Moulineaux FLJ |
図5 パリ付近の地図 Issy-les-Moulineauxはパリ市内の一地区で、エッフェル塔の南西約4kmのあたりを指す。ここから報時信号を出すFLJ局は、1928年に開設された。9231kHzで8:00、20:00に電波を出した。この局は『理科年表』第6冊(1930)だけにしか記述がない。同じ局と思われるものが『日本無線史』第2巻に出てくる。1926年の第1回万国経度測量に参加した報時局の中にフランス、イッシー、OCDJ、波長32m(9375kHz)、5:00、17:00(JST)というのがある。これがFLJ局のことだと推測できるが、コールサインがいつ変更されたのかなど、不明な点が多い。 |
(e)Pontoise FYB |
図6 Pontoise送信所 Pontoiseは、パリの郊外、エッフェル塔から北北西に約25kmのところにある。FYB局の開局は1931年で、上記のFLJ局の閉局と歩調を合わせるように開局している。つまり、業務が移行したと考えてよいと思われる。FYB局は短波10580kHz、8:00と20:00に送信された。この局は『理科年表』第17冊(1941)まで記載があった。「無線報時史」には1932年4月~1939年12月までの受信記録がある。また、1938年4月~6月にTMA2という局が10020kHzで、1939年~1940年にFYB2という局が10580kHzで受信されたという記録があるが、これらについてはこれ以上わからない。 |
(f)その他の局 |
図7 フランス地図 『理科年表』以外では、「Modern Wireless」の「Times of Regular Transmission」という記事に、当時の報時局の送信スケジュールが掲載されている。これらの局はアメリカで発行された「Citizens Radio Callbook」では、分類を「気象通報」などとしており、報時局の範疇に入るかは疑問が残るが、以下に一括して記述しておく。 ・Nîmes AN ~マルセイユの西北西にあるニームという町にあった。13:06に178.6kHzで報時信号を出した。「CR」では「気象通報」という分類になっている。 ・Nantes UA ~ボルドーの北、ビスケー湾に面した町ナントにあった。2:30、4:00、7:30に33.3kHzで、12:30に88.2kHzで、14:15と22:30に31.6kHzで送信した。「CR」では「フランス軍艦への一般招集」という区分となっている。 ・Le Bourget ZM(FNB) ~パリ近郊のルブールジェ空港に近接する地にあった。「MW」の1923年6月号ではコールサインがFNBに変更された。9:28、10:28、10:50、11:28、11:50、12:28、13:28、14:28、15:28、16:28に178.6kHzで報時信号を出した。「CR」では「気象通報」とある。 【図の出典】 図1 エッフェル塔のアンテナ http://marconiheritage.org/ww1-intel.html 図2 FL局の送信フォーマット F.W.Dysin"Wireless Time Signal",The Observatory Vol.36,1913より 図3 Lyon-la Doua送信所 http://lerizeplus.villeurbanne.fr/article.php?larub=133 図4 Lafayette送信所の建物とアンテナ群 Wikipedia(フランス語版)"Emetteur de Lafayette" 図6 Pontoise送信所 https://sites.google.com/site/leparcoursdejacques/home/1962-1965-centre-radio-pontoise |
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