Greenwich Time Signal GBR 
<BACK>  update:2021/09/27

1.INTERNATIONAL TIME SIGNAL

 1954年版WRTHに初めて登場する時報局に、イギリスのMSFと並んでINTERNATIONAL TIME SIGNALという局がある。王立グリニッジ天文台が時報信号を提供する局で、"国際時報信号"という名称にイギリスの矜恃を感じる。WRTHには「10.00:16-9350-13555-17685kc/s 18.00:16-12455-17685kc/s」とあり、毎日2回、超長波16kHzと短波で送信されていた。長波16kHzには1959年版WRTHからGBRというコールサインが記載され、送信地はRugbyであることがわかった。1963年版WRTHでは、送信時間が03:00、09:00、15:00、21:00と4回に増えた。1970年以降は長波16kHzのみが記載されていたが、1987年版WRTHの記載を最後に、消えてしまった。

図1 WRTH1954年版の記述

 INTERNATIONAL TIME SIGNALという名称が使われていたのは1957年版WRTHまでで、1958年版WRTHからはRoyal Greenwich Observatoryという時報信号の供給元の名称となり、1985年版WRTHからはGBRというコールサインによる表記となった。
 今回はこのINTERNATIONAL TIME SIGNAL(GBR)について紹介する。

2.ラグビー送信所
 GBRというコールサインで超長波16kHzを送信していたラグビー(Rugby)送信所は、ウォリックシャー(Warwickshire)州ラグビーの町の東に位置するHillmortonにある。ご承知の通りラグビーはスポーツのラグビー発祥の地として知られる町である。ここに送信所ができたのは1926年のことで、第一次大戦後、大英帝国傘下の国々に無線網をはりめぐらす計画が立てられ所管の英国郵政省がこれを行った。ラグビー送信所にあった12基の250m高のアンテナ群と350kWの送信機は、当時世界最大の送信所とされた。16kHzの電波は、最初は電信で、後には潜水艦とのFSK通信として使われた。

図2 Rugby送信所のアンテナ

図3 Rugby送信所の16kHz送信機

3.GBR時報局

 GBRの時報サービスは1927年12月から始まり、1986年11月に終了した(*1)。グリニッジ天文台からの時報信号を回線を通して受け取り、ここから送信していた。このサービスは、船舶等に正確な時刻を知らせ、船舶に搭載したクロノメーターを校正させ、自分の船舶の位置を確定させるためであった。つまり航海の安全のためのサービスである。
 GBR時報局がどのような時報フォーマットで送信していたのかを調べてみたが、結局の所よくわからない。ある文献によれば、1日4回、02:55-03:00、08:55-09:00、14:55-15:00、20:55-21:00の5分間に306のパルスが送信されたとある。5分間は300秒なので、毎秒1回のパルスにほぼ相当する(これでは301パルスにしかならず、あとの5つは分の刻みに使われたのだろうか?)。また、時刻信号の送出に先立ち、モールスで「GBR GBR TIME」と送出されたとある。
 GBR時報局の予備として、GBZ(19.6kHz)があった。これはBGRのメンテナンス中に使われた。GBR時報局が1986年11月に終了したのちも16kHz送信機は使用されていたが、2003年4月に使用停止となり、代わりにSkelton送信所が使われるようになった。
 GBR時報局は16kHzという超長波での送信で、先に述べたように船舶が対象である。16kHzが受信できる設備を一般の市民が持っているわけではない。1950年に同じラグビー送信所から時報局MSFの運用が始まったのは市民へのサービスであった。他の方法で船舶に正しい時刻を提供することができるようになるとGBRはその役目を終えることとなる。この原因は、以前WWVLのところでも紹介した通信衛星の出現である。

(*1)GBR時報局の終了時期については、Radiostation Rugbyというウェブページでは、1968年夏とあり、Time from NPL(MSF)[Wikipedia(英語版)]では1986年11月となっている。Wikipediaの出典をあたってみたが、わからなかった。本文ではとりあえず11月を採用した。

4.短波時報局について
 WRTHには長波16kHzのほかに、短波9350kHz、12455kHz、13555kHz、17685kHzの4波の短波送信も記されている。これらの送信には以下のようなコールサインが付与されていることがわかった。これはグリニッジ天文台の1949年の論文による。
 GIC  8640kHz 10:00、18:00UTC
 GKU3 12455kHz 10:00、18:00UTC
 GKU2 17685kHz 18:00UTC
 さらにオーストリアの測量雑誌に以下のような記述を見つけた。それによれば、1957年~1961年の間の運用については次のようになっている。
 GIC37 17685kHz  10:01、18:01UTC(通年)
 GIC33 13555kHz  10:01、18:01UTC(*1)
 GIC27 7397.5kHz 10:00UTC(*2)
 GKU5  12790kHz  10:01、18:01UTC(*3)
 GBP30 10332.5kHz 10:01、18:01UTC(*4)
 
(*1)GIC33は、1957年は未使用、1958年は3月~10月運用で午前のみ。1959年は3月~10月運用で午前・午後の運用。1960年は午前は3月~10月の運用、午後は9月と10月の運用。1961年は3月と4月の午後のみの運用。
(*2)GIC27は、1960年のみ登場し、午前のみ11・12月の運用。
(*3)GKU5は、1957年のみの運用で、期間は3月~10月。
(*4)GPB30は、1957年~1959年は1・2月と11・12月の午前・午後の運用。1960年は午前は1・2月のみの運用。午後は1~8月の運用。1961年は午前のみ3・4月の運用。
時間については1分の違いがあるが、運用の時期などが明らかになった。

5.ラグビーのもう一つの時報局

 このラグビー送信所では、もう一つの時報局であるMSF(60kHz)が送信していた。送信の時期は1950年2月から2007年4月までで、36年間は2つの時報局がそろってラグビーから送信していたことになる。このMSFも現在はカンブリア州Anthornからの送信となってしまった。

6.Six-pips
 さて、Greenwich Time Signalでネット検索すると、GBR時報局の他にもう一つヒットする。それは、BBCから放送されている時報のことで、元々はグリニッジ天文台の時報信号を使って放送していたため検索でヒットするのである。同じ名称でもあることから、あわせてこの時報(以下、GTSと略)についても紹介しておく。
 この時報は、1秒間隔の6つの短いトーンを時報フォーマットとしていることから"six-pips"という別称で知られる。このピップ音は正確な時刻を知らせるために1924年に導入された。GBRの送信時期よりも早いのである。1990年からは時報信号の供給はグリニッジ天文台を離れ、BBC自身の手で正確な時刻信号の発生が行われている。

図4 Six-pipsのタイムチャート

 GTSの信号はその時刻の5秒前から始まり、毎秒0.1秒の1kHzトーンを5回繰り返し、毎正時に0.5秒の長さの1kHzトーンとなる(図参照)。このピップ音はBBCの国内ラジオ放送で毎正時聞くことができるが、BBCワールドサービスでも使われている。日本の場合は4点鐘なので間延びした感じがするかも知れない。閏秒の場合は、23:59:60に0.5秒の長さの信号が発せられ、0:00:00は0.1秒の短い信号が発せられる。

7.Six-pipsの歴史
 もともとBBCは午後7時と9時に時報を放送していた。これは正確なものではなく、ピアノでウェストミンスター・チャイムを弾き、チューブラーベルで時報を知らせたというものであった。
 "six-pips"の放送は1924年2月5日からスタートしたが、これは王立天文台長F.W.DysonとBBCのトップJ.Reithのアイディアであった。信号は、グリニッジ天文台にある機械式時計の振り子に取り付けた電気接点で制御された。時計は2つあり、1つは予備として使われた。信号はBBCに送られ、可聴周波数の信号に変換された。

図5 グリニッジ天文台の自由振動式振子時計

 1957年、グリニッジ天文台はハーストモンスー城(Herstmonceux Castle)に移転し、その数年後に振り子時計は電子時計となった。天文台とBBCの間に予備を含む2回線が引かれ、時報信号を配信した。ちなみにグリニッジ天文台は、1990年にハーストモンスー城からケンブリッジに移転している。この移転の日である2月5日の午後1時がグリニッジから送られた時報信号の最後であった。

図6 グリニッジ天文台の時間信号発生装置

 1990年2月5日、時間と周波数の配信システムがグリニッジ天文台からロンドンのBroadcasting Houseに移り、BBCが自前で標準時間を作り出すこととなった。このシステムは三重冗長方式による3つのオフエア受信機で構成され、うち2つは1.542GHzでGPS衛星からの日時情報を受信する。もう1つは60kHzでMSFの時刻信号を受信する(これはラグビーから送信されていた頃の話である)。60kHzの方の予備はドイツのDCF77である。受信信号は、周波数標準となるルビジウム原子発振器に送られ、自動的に誤差を補正するようになっている。このシステムではEBU(*1)及びBCDタイムコードも発生するようになっている。

(*1)EBU タイムコード
 EBUとは欧州放送連合European Broadcasting Unionのことで、 このタイムコードはビデオやオーディオを編集するためのフレーム精度の時間参照を提供したり、ラジオ・テレビ局のマスタータイムリファレンスとして使用されている。EBUコードは 25 フレーム/秒で実行されるもので、これらのコードでは、時間、分、秒、フレームのデータが送られる。同様なものにSMPTE(映画・テレビ学会Society of Motion Picture & Television Engineers)コードがあり、こちらは29.97フレーム/秒である。[https://www.ese-web.com/timecode.htmより]

図7 Broadcasting House

 現在は、BroadcastingHouseが持つルビジウム原子時計が国営放送と地方局の時刻の基礎となっており、この原子時計はNPLとGPSにつながっている。その他の局ではGPSに同期した時計で時刻を発生させている。しかし、ロンドン中心部から160km離れたドロイトウィッチ(Droitwich)から送信される長波信号を受信するため、放送の送受信機器による補正を行わなければならない(この長波信号は198kHzのPSK信号である)。
 時間信号を元にした周波数ジェネレータでは、デジタルオーディオで使われる特別の周波数を発生している。32kHz、44.1kHz、さらに1MHz、2.048MHz、5MHz、8.448MHz、10MHz、12.288MHz、16.384MHzである。これらのジェネレータはPLL技術で標準周波数にロックされる。
 以上でGBRの記述を終わろうと思っていたら、上記にあるような長波198kHzの時報信号というものがあらわれた。WRTHにも記載がない、こいつは一体何者か?

8.Droitwich送信所
 ドロイトウィッチは1934年に開設された長波と中波の送信所である。場所は、イギリス南西部ウスターシャー州に位置し、ロンドンから約140kmある。ここからは長波198kHz(500kW)でBBC Radio4 が、中波では693kHz(150kW)でBBC Radio5 と1053kHz(500kW)でTalksport、1215kHz(105kW)でAbsolute Radioが送信されていた。過去形を使うのは、長波の198kHzは2011年10月に停波したからである。送信管の入手が困難というのがその理由であった。

図8 Droitwich送信所建物

図9 Droitwich長波送信機操作卓

 アンテナにはT型アンテナが使われ、213m高で間隔は180mある。2つのアンテナの1つは反射器として使われ、ビームは北東方向に向いている。
 このBBC Radio4の長波信号には放送波としての役割の他に、時間信号とTeleswitchコントロール信号が含まれる。これらは位相変調でデータを送出している。つまり、振幅変調で音声を送りながら、位相変調でデータを送っているのである。このシステムはRadio Data Signalling(RDS)と呼ばれ、1983年に開始された。前回、BBCのGTS信号のところで出てきたのがこれである。Teleswitchとはイギリスの電力会社が管理する遠隔操作スイッチで、電力需要の負荷を分散するために、契約に応じて、需要がピークの時間帯にスイッチをオフするものである。つまり安い契約をすれば、使えない時間帯があるというものだ。
 Droitwichの送信所でイングランドとウェールズをほぼカバーするが、スコットランドにはこの長波送信と同期した補助的な送信機が2ヶ所にある。Westerglen(198kHz、50kW)とBurghead(198kHz、50kW)である。

9.DroitwichのTime Signal

 時間信号とTeleseitchのコントロール信号は搬送波を位相変調することでデータを送出する。位相変調は22.5°位相を進ませたり、遅らせたりすることでデジタルのビットを表す。図に示すように、進み→遅れを「1」とし、遅れ→進みを「0」とする。ビットレートは25bit/sときわめてゆっくりしたものである。データフォーマットには時間信号とコントロール信号があるが、今回は時間信号のフォーマットのみ取り上げる。

図10 位相変調の原理

図11 時間信号のブロック

 時間信号は2秒に1ブロックのデータを創出する。1ブロックは50bitで構成される。ブロックの最初はスタートビットで常に「1」である。次の4bitはアプリケーションコードだが、内容は不明である。6bit目は「0」なら以下がタイムコードに、「1」なら以下がメッセージコードになる。7・8bitはうるう年を表す。9-11bitは曜日を表す(001は月曜、111は日曜)。12-17bitは年間の第何週目かを表す。18-20bitは日を、21-25bitは時を、26-31bitは分をあらわす。32-37bitはUTCに対する現地時間のオフセットを表す。38-50bitはCRCコード(誤り符号)である(図12参照)。


図12 時間信号のフォーマット

10.Droitwichは時報局か

 この送信所の198kHz長波は、局内のルビジウム原子時計により制御されており、搬送周波数の精度は10-11以下といわれる。だからBBCはこの電波を使って自局の原子時計の比較・校正を行っていたのだ。この局は時間データを送出してはいるが、時報局という範疇に入れるには少々無理があると思われる。
 長波のラジオ放送の搬送波にデータ信号を埋め込んで使用するというのは珍しいので紹介した。停波後、teleswitchはどうなったのだろうか。スマートメーターに移行しているそうだ。
(了)

【参考】

・"Radiostation Rugby"、http://rugbyradiostation.co.uk/
・"Heritage of Radio Station Rugby"、https://houltonrugby.co.uk/heritage
・"A History of Rugby Radio"、http://www.alan.melia.btinternet.co.uk/rugbyrs.htm
・"Time from NPL(MSF)"、Wikipedia(英語版)
・”Rugby Radio Station"、Wikipedia(英語版)
・"Greenwich Time Signal",Wikipedia(英語版)
・"New Time and Frequency distribution system",『ENG INF』NO.40, Spring 1990
・"The Greenwich Time Signal",British trivia Home page, http://www.miketodd.net/other/gts.htm
・『グリニッジ・タイム~世界の時間の始点をめぐる物語』D.Howse、橋爪若子訳、東洋書林、2007.10
・WRTH 1948~1987年版
・"Observations with Reversible Transit and Wireless Time Signal",J.G.Wolbach Libraly,1949
・"Der Internationale Zeitdienst seit 1957",P.Szkalnitzky,Österreichische Zeitschrift für Vermessungswesen Nr.5 49 Jg., Oktober 1961
・"Droitwich Tansmitting Station",Wikipedia(英語版)
・"L.F.RADIO-DATA:Specification of BBC phase-modulated transmissions on long-wave",D.T.Write,BBC Research Department 1984/19, 1984.12
・"Droitwich Calling~The Story of Droitwich Transmitting Station", J.F.Phillip, 2006.12, www.bbceng.info
・"Radio 4's long eave goodby", The Guardian2021.10.9

【図版】
図1:WRTH 1954年版より
図2・3:"Radio Station Rygby"より
図4:"Greenwich Time Signal",Wikipedia(英語版)より
図5:ROYAL MUSEUMS GREENWICHのHPより
https://collections.rmg.co.uk/collections/objects/79649.html
図6:London Science Museumにて筆者撮影
図7:"New Time and Frequency distribution system",『ENG INF』NO.40, Spring 1990 より
図8・9:"Droitwich Calling"より
図10・11・12:"L.F.RADIO-DATA:Specification of BBC phase-modulated transmissions on long-wave"より

(OG)
 

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