ブラジルの標準周波数報時局(PPR・PPE) 
<BACK>  update:2023/04/24
1.はじめに
 WRTH2023年版に掲載されている南米の標準周波数・時報局は、アルゼンチンのLOL局と、ブラジルのPPE局だけである。今回は、ブラジルの局を取り上げてみたい。元々ブラジルにはPPE局の他にPPR局という局が存在していたが、PPR局はWRTH1993年版から姿を消した。

2.SOH局とSPY局
 ブラジルの時報局の歴史は古く、1918年にはSOHというコールサインの局が存在した。この局はリオデジャネイロのグアナバラ湾(Baía de Guanabara)に浮かぶゴベルナドル島(Island of Governor)から信号を送出していた。信号は波長1800m(周波数167kHz)の火花送信で、0時と14時(UTC)に国際方式の時報信号を出した。この局は1928年頃に廃止されたようで、これに代わり登場したのがSPY局である。SPY局はグアナバラ湾の入口のアルポアドル岬(Pedla do Arpoador)から信号を出していた。近くには海水浴で知られるコパカバナ海岸や、北にはコルコバードのキリスト像がある所だ。
 SPY局は、波長600m(周波数500kHz)で、0時と14時(UTC)に時報信号を出した。SPY局は,1930年頃にPPRとコールサインを変更している。したがって、この局がのちのPPR局となったのではないかと思われる。コールサインの変更とともに、送信周波数を30kHzへと変更している。

図1 Lio de Janeiro地図

3.PPR局

 戦中から戦後にかけての経過がわかる資料をさがすことができなかった。最初の資料はWRTH1966年版である。ここにあとで紹介するPPE局とともに掲載されている。住所はアルポアドルとなっているので、おそらく続いていたのであろう。送信周波数は435kHz、8634kHz、13105kHz、17194kHzで、送信時間は14:25~30、21:25~30、1:25~30(UTC)の各5分間であった。PPR局の宛先は、R.Rioとなっており、WRTHを何冊かあたったところ、1955年版頃から登場し、記載があったりなかったりする局である。しかも、多くの版で"inactove"と表記されている。あるネットの記事(*1)に1963年~1977年までDSHOの技術者を務めたCarlos Lacombeという人物が、ブラジル最初のラジオ局Radio Sociedate do Rio de Janeiroの創設にかかわったというものがあった。WRTHの中には、R.RioをR.Soc.Rio de Janeiroと表記している版もあるので、同一局だと思われる。PPR局の宛先がR.Rioである理由の一端が少しは分かったような気がする。

図2 WRTH1966年版の記載

 WRTH1976年版には、宛先が、R.RioからEMBRATEL(Empresa Brasileira de telecomunicações)へと変更になっていた。EMBRATELとはブラジルの通信会社で、PPRはこの会社に所属する海岸局であった。WRTHには、435kHz、4244kHz、8634kHz、13105kHz、17194kHz、22603kHzの6波で送信とあった。送信時間は変更なし。上記の時間に報時信号が出されるが、他の時間は平常の通信業務が行われた。それぞれの時間の25分からモールスで「CQ CQ CQ DE PPR PPR PPR TIME SIGNAL」と繰り返し送出され、その後時報信号が出た。0秒は長音、1~3秒が2点短音、4~59秒が1点短音とのことである。(*2)

4.DSHO(時間サービス部門)
 PPE局を管理しているのは、DSHO(Divisao Servico da Hora)である。DSHOは国立天文台が管轄している。そこでまず国立天文台の紹介から行うことにしたい。
 文書に残るブラジルの歴史は、1500年、ポルトガル船の寄港から始まった。以降、16世紀から18世紀にかけてブラジルはポルトガルの植民地であり、初期には沿岸部でのサトウキビの生産や、内陸部での黄金採掘が主な産業であり、ヨーロッパに輸出された。1822年にブラジルはポルトガルから独立した。20世紀初頭にはコーヒーの輸出が加わり、多数の船がブラジルの港湾を行き来した。

1827年、皇帝ペドロⅠ世は、船舶の航行の安全のために天文台の設立した。これより前、1730年からリオデジャネイロのモロ・ド・カステロ(Morro do Castelo)で、天文学や気象学、地磁気の定期的な観測が行われていたとある。モロ・ド・カステロは、リオ・デ・ジャネイロのグアナバラ湾の入口の西側にあたる小高い丘である。国立天文台(Observatorio Nacional)の当初の目的は、船舶の航行のための地理学、測地学、天文学の研究と、海洋警備隊アカデミー(Academia de Guardas-Marinhas)の学生の訓練であった。現在、天文台は科学技術省の管轄下にあり、天文学や地球物理学の教育、時間サービス部門によって行われる時間と周波数の計量、その発生や維持・普及に法的責任があるブラジル法定時間などの調査・研究が行われている。

 DSHOは科学技術省の17ある研究部門の1つで、1983年11月から活動が開始された。DSHOは、国立計量研究所(Instituto Nacional de Metrologia)から時間と周波数の研究所(Laboratorio Primario de Tempo e Frequencia)の指定を受けている。

図3 Observatorio Nacional

5.PPE

 PPE局の開始年について『理科年表』には記述がない。最初の登場が1931年版だから、1930年頃には創設されていたと思われる。送信は、天文台の敷地内から8720kHzで、0時と14時(UTC)に送信した。『理科年表』1935年版には、PPE(18180kHz、0:10)と(8720.9kHz、21:10)の他に、PPM、PPX、PPZというコールサインの局が現れ、10310kHz、20720kHz、18180kHzで0:00に報時信号を送出したとある。しかし、これらの局は翌年版には記載がなく、元のPPEのみに戻っている。1933年9月~11月には第2回万国経度測定が行われたので、この関係ではないかと思われる。『無線報時史』には、この時にPPM局が10310kHzの送信をもって参加していることが書かれている。

 『理科年表』1937年版を最後にPPE局の記述は途絶えた。1938年版からは"主な無線電信報時"局となったためである。たんねんに調べていくと、1943年版にPPEの記述を見つけた。8721kHz、0:10とある。また、戦後の『理科年表』では、1947年版からPPEの記載がある。8721kHz、14:00となっている。戦後はこれのみで、1966年版までたどったが、以後掲載はなかった。WRTH1966年版から、PPE局が8721kHzで13:25~30、20:25~30、0:25~30に報時信号を出しているとあるので、戦前・戦後を通じ、報時信号は継続して送信されていたように思われる。その後、WRTH1983年版には8721kHzの他にFM波(161.25MHz、171.03MHz、166.31MHz)が追加されたが、これは船舶無線用である。現在、PPE局の送信周波数は10MHzだが、これは2008年11月から始まったものである。(*1)

図4 PPE局のダイポールアンテナ

図5 時間信号発生装置

図6 短波送信機

 DSHOのウェブページから、現在の放送の仕様を以下に示す。
 ・送信機:イギリス製Redifon Telecommunications Ltd. G453
 ・送信出力:1kW
 ・送信周波数:10MHz
 ・電波形式:A3H
 ・アンテナ:1/2波長水平ダイポール
 ・局名:PPE
 ・所在地:22°53'44.6"S 43°13'27.5"W
 ・高度(海抜?):37m
 ・放送の内容:
 送信される時間はブラジル法定時間(Hora Legal Brasileira:HLB、UTC-3h)で構成され、10秒ごとに女声での「Observatorio Nacional」のアナウンスに続き現在の時刻をhh:mm:ssで告知する。また、毎秒5mSの1kHz変調波のビープ音を流す。ただし、毎分58秒、59秒、60秒は200mSの1kHz変調波を流す。

 送信地の経緯度は『理科年表』1931年版と同じである。つまり昔から変わっていないということになる。この場所をGoogle Mapで検索すると、昔の天文台の建物らしきものは「Museu de Astronomia」(天文科学博物館)となっている。

 現在、時間の基準は、2つの原子時計(Symmetricon MHM水素メーザー)、12個のセシウム時計(HP5071A×3、Agilent5071A×3、Symmetricon5071A×4、CS4000×1、Datum4310A×1)で作られている。

6.おわりに
 現在、ブラジルではPPE局だけが健在だが、周波数が10MHzでは日本で聞くことは絶望的である。BPMが停波したら可能性はあるかもしれないが・・・。


(*1)"A Visit to PPE Observatório Nacional" Martin Butera、https://www.radioheritage.com/
(*2)「日本で聞こえる世界の時報局」川口大介、『短波』1980年12月号

【図の出典】
図1:筆者作成
図2:World Radio TV Handbook 1966年版 ADDX作成のwrth.pdf CDより
図3:Wikipedia(英語版)"National Observatory(Brazil)"
図4~6:(*1)の文献より引用

(OG)
 

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