無線報時信号のはじまり 
<BACK>  update:2021/05/24
1.はじめに
 標準周波数時報局のシリーズの再開第3回は、無線による時報局のはじまりについて取り上げてみたい。これまで標準周波数時報局と称して、標準周波数を発出する局と標準時報を発出する局を1つの局として扱ってきたが、実はこの2つは別々に始まったのである。
 標準周波数局は、基準となる周波数を提供し、無線局の発出する送信周波数を校正することを目的とした。昔は正しい周波数で電波を発することは極めて難しいことであった。そこで基準となる周波数で電波を出し、これと局が所有する周波数標準を比較し、校正することで正しい周波数で電波を出したのである。この標準周波数局のはじまりについては別の機会に述べることとする。
 一方、標準時報局の役割は正しい時刻を提供することにある。かつては船舶が自己の位置を知るためには、緯度と経度を知る必要があった。緯度は太陽や星の観測によって知ることは用意だったが、経度測定には正確な時刻を知ることが必須だった。無線による時刻の提供は、瞬時にかつ広範囲に行うことができるため、広く活用された。
 戦後になると、大多数の局がこれら二つの役割を持つようになったことから、我々は標準周波数時報局として区別しなくなったのである。


2.正確な時報はなぜ必要か
 かつて時刻は地域によってバラバラであった。太陽の南中時刻を正午とするシステムでは、これはいたしかたのないことである。ところが交通・通信網の発達につれて、この時刻システムでは不都合が生じるようになった。遠距離を速い速度で走る交通機関や、瞬時に情報を遠距離に送ることができる電信では、共通の時刻でないと矛盾が生じてしまう。そこで国単位(広い国ではさらに区域を分ける)で時刻を統一することが必要になった。日本の場合は、東経135度の子午線の時刻を日本標準時としている。(*1)
 船舶の場合、目標物のない洋上では自分の位置を知ることが安全な航海につながる。緯度については天文観測により容易に決定できたが、経度については正しい時刻がわからなければ天文観測のデータが使用できない。つまり天文観測で得られた値と基準となる時刻との差で経度を計算するのである。そこで当時海洋進出でしのぎを削っていた国々では、長い航海の間でも時刻の狂いの少ない時計が必要とされ、その開発には多額の懸賞金がかけられた。例えばイギリスでは、(a)船の経度を1度(時間にして4分)以内の精度で決定:英貨£10,000、(b)経度を40分(時間にして2分40秒)以内の精度で決定:英貨£15,000、(c)経度を30分(時間にして2分)以内の精度で決定:英貨£20,000、となっていた。この難題に挑戦しみごと賞金を得たのはハリソンの発明したクロノメータであった。(図1)。さらに改良されたハリソンのクロノメータ第4号は1759年に製作され、1761年にジャマイカへ向かう船に積んで試験が行われ、航海中の誤差がわずか5秒という好成績を得た。(*2)

図1 Harrisonのクロノメータ1号(H1)

 しかしクロノメータといえども誤差はあり、それは航海の中で蓄積されていく。時間にして1分の誤差は経度では15分(赤道の距離で約22.5km)に相当するため誤差の蓄積は経度測定に大きな影響を与える。そこで、主要な港に時刻を校正するための施設が作られた。タイムボール(報時球)というものである。


3.タイムボール(報時球)から無線報時へ
 タイムボール(報時球)は、港の近くの船舶から見える塔や建物などの上に球を設置し、時刻が近付くとボールが引き上げられ、当該時刻にこれが落下することで時刻を知らせる方法である。タイムボール以前には大砲などの音で時刻を知らせるシステムが存在したが、音の伝搬速度が遅いため、瞬時に動作が確認できるタイムボールとなった。1904年当時、世界中に121のタイムボールがあり、日本にも横浜・神戸をはじめ6施設があった。(*3)図2にグリニッジ天文台のフラムステード館にあるタイムボールを示す。

図2 グリニッジ天文台のタイムボール

 このタイムボールは、無線通信の発達により無線時報信号の発出へと変わってゆく。無線信号を使用すれば、航海上でも信号さえ受信できればクロノメータの校正ができるからである。


4.最初の無線報時
 最初の無線報時を送出したのは、アメリカ海軍といわれている。1903年9月に電信コードを送出した。これにはワシントンにあるアメリカ海軍天文台(USNO)が時刻を提供した。1904年8月9日にはボストンの海軍工廠から定期放送が始まり、1905年末にはアメリカ国内のNorfolk、Newport、Cape Cod、Key West、Portsmouth、カリフォルニアのMare Islandから標準時報が送出された。
 1907年になると、カナダがSt.John's天文台の管轄下でHalifaxからVCSというコールサインで放送を開始している。
 ヨーロッパでは1904年頃にスイスやフランスが時刻放送の実験を行なっている。よく知られているのはエッフェル塔からの無線報時で、1910年5月23日に開始された(*4)。


5.NAA
 アメリカで時刻放送が始まったのは1913年のことで、バージニア州アーリントンのFort Meyersから送信された。コールサインNAA、周波数125kHz、出力54kWであった。時刻はUSNOから提供され、回転式火花ギャップ送信機が使われた。アンテナには最高183m高を含む3本の塔が建てられた(図3)

図3 NAAのアンテナ群

このアンテナからはアメリカ電信電話会社(AT&T)の技術者がパリとの間で大西洋横断無線電話通信を初めて成功させている。1915年になるとUSNO管轄下の時刻局は8局となった。これらの局の送出フォーマットは、11:55に1秒間隔のドットを5分間送出する。ただし11:55〜11:58については29秒目あるいは55秒目〜59秒目はドットを送出しない。また11:59には最後の10秒、50秒目〜59秒目はドットを送出しない。そして正午ちょうどに長いダッシュを送出するとある(*5)。1924年になるとNAAは音声放送に転換し、周波数もAM帯の690kHzとなった。1941年になると、ワシントン国際空港の着陸に障害になるという理由でNAAのアンテナタワーは取り壊された。現在、USNO管轄の時報局はNBS(National Bureau of Standards)にその座を譲ったが、NAAというコールサインは潜水艦との連絡用のVLF局として生き残っている。


6.FL
 エッフェル塔はフランス革命100周年を記念して開かれたパリ国際博覧会の目玉として1889年に建設されたが、パリ市民の評判はかんばしくなかった。そのため塔の所有がパリ市に移管される1909年には解体されることが確実視されていた。ところが1903年12月、フランス陸軍のGustave Ferrieはエッフェル塔にフランス軍の軍事用電波施設を設置し、400kmを超える無線通信に成功している。こうして塔は解体をまぬがれた(*6)。

図4 エッフェル塔のアンテナ

 1910年5月23日に開始された時報放送は、コールサインFL、周波数は150kHz付近、出力は40kWであった。パリ天文台が1日2回時刻を提供した。1913年6月になると時刻の通常放送が始まった。図4に1914年頃のエッフェル塔のアンテナを示す。1920年〜1922年に欧米に留学した山本勇は、その報告論文「現時歐米(英佛獨米)に於ける無線電信電話概況」(*7)の中でエッフェル塔の無線施設について以下のように述べている。
 「空中戦は彼のEiffel塔の頂上附近から六本の導線が約三十度の角度を地面に作る如く張り下げられ其最上部は地上より290米の高さにある。空中線の容量は0.015mfdで、Self Inductanceは2,600米の波長のときに140microhenry 抵抗は2,250米の波長に對して7.5オーム 3500米の波長に對しては5.1オーム、6000米以上の波長に對しては4オームである。送信設備としては第一にinput150KWの音響火花式があり、2,600米の波長を以て、時間信號、天氣豫報等の放送をやつてゐる。第二にはinput150KWの電弧式で波長3,200より8,000米の範圍に於て陸軍用或は公衆用通信に供せられ、其外に空中線出力20KW 波長10,000米の高周波發電機及び空中線出力1KWの眞空管式がある。眞空管式は無線電話用に供せられ、最近、例の無線電話、音楽等の放送を開始してゐる。」
 エッフェル塔からの時報放送は、パリ天文台と地下ケーブルで結ばれ、一日2回、10:44と22:44に5分間行われる。放送のフォーマットを図5に示す(*5)。他の資料(*8)では、10:44(または22:44)の前に1〜2回、"wait"(・−・・・)が送信され、44分のダッシュ(−)へとつながる。また49分のあとには"finish"(・−・−・)が打たれ、コールサインの”FL FL"(・・−・ ・・−・)、そして"end of work"(・・・−・−)信号で終了するとある。


図5 エッフェル塔からの時報放送フォーマット

7.POZ
 ドイツのベルリン郊外のNauenにある送信施設は、以前Radio Berlin Internationalが送信施設として使用していたことから、BCLの間でも知られた存在である(図6)。このNauenからPOZのコールサインで報時信号を放送していた。

図6 Nauenの送信ビルディング

 ドイツの電気会社Telefunkenの技術者R.Hirschにより建設されたNauenの送信サイトは、1906年8月16日から運用が開始され、25kWの火花ギャップ式送信機(送信周波数は75〜100kHz)と100m高の傘型アンテナを設備とした。この電波は約3500km先で受信された。1911年には実験局から商業局に転換し、POZのコールサインを取得した。送信機は35kWの瞬滅火花式送信機(図7)で、到達距離は5300kmに延びた(*9)。

図7 NauenのQuenched Spark Transmitter

 時報放送は、波長3900mを使い、一日2回11:55と23:55に送信された。55分にまず"V"(・・・−)が4回送信され、56分に"call-up"(−・−・−)のあとにコールサイン"POZ"(・−−・ −−− −−・・)、そして"MGZ"(−− −−・ −−・・)〜MGZはドイツ語でMittlere Greenwich Zeit(Greenwich Mean Time)のこと。57分には"X"(−・・−)が7回送出され、その後ダッシュ(−)が3回。この最後のダッシュの終了時が58分00秒である。58分には"N"(−・)5回送出され、その後ダッシュ(−)が3回。この最後のダッシュの終了時が59分00秒である。59分には"G"(−−・)が5回繰り返され、その後ダッシュ(−)が3回。この最後のダッシュの終了時が12時(または24時)00分00秒である(*8)。


8.日本の無線報時
 日本の無線報時は、1911年12月1日から試験放送が行われ、1912年9月1日から正式放送となった。銚子無線電信局(コールサインJCS)の500kHz送信機を東京天文台から制御し20:59から5分間放送したのである。銚子無線電信局は1908年5月16日に千葉県海上郡銚子町平磯台に開局した日本最初の海岸局である(1996年3月31日に閉局)(*10)。開局当初は、波長300m(周波数1MHz)の普通火花送信機と約70m高の傘型アンテナが使用された(図9)(*11)。送信フォーマットが逓信省告示第545号に掲載されている(図10)(*12)。

図8 瞬滅式火花送信機の火花間隙器

図9 銚子無線局の送信機とアンテナ


図9 官報掲載の銚子無線局の時報送信フォーマット

 これによると、午後9時0分、1分、2分、3分、4分の5回行い、注意符号の送信ののち1秒間の長点を送る。その長点の始端が時刻を示す。
 第1回目:午後8時59分00秒?55秒の間長点を送り、5秒休止ののち1秒の長点を送る。
 第2回目:午後9時0分30秒?55秒の間"N"(−・)を送り、5秒休止ののち1秒の長点を送る。
 第3回目:午後9時1分30秒?55秒の間"D"(−・・)を送り、5秒休止ののち1秒の長点を送る。
 第4回目:午後9時2分30秒?55秒の間"B"(−・・・)を送り、5秒休止ののち1秒の長点を送る。
 第5回目:午後9時3分30秒?55秒の間"4"(−・・・・)を送り、5秒休止ののち1秒の長点を送る。
 1916年12月には海軍の船橋無線電信局(コールサインJJC、のちに東京無線電信局に改称)が追加され、銚子は波長600m(周波数500kHz)、船橋は波長4000m(周波数75kHz)で送信した(*13)。1925年6月には、報時信号の送出が昼11時と夜9時の2回になる。銚子無線電信局は昼夜とも波長600m(周波数500kHz)、東京無線電信局(船橋が改称)が昼波長7700m(周波数約39kHz)、夜波長4000m(周波数75kHz)で送信した(*14)。

9.当時の無線報時局
 『日本無線史』第2巻に1929年当時の世界の無線報時局が掲載されていたので、おわりにあたって紹介しておく。
表1 1929年当時の世界の無線時報局




【参考】
(*1)勅令第51号「本初子午線経度計算法及標準時ノ件」(1886(明治19)年7月13日)
 「一 明治二十一年一月一日ヨリ東経百三十五度ノ子午線ノ時ヲ以テ本邦一般ノ標準時ト定ム」
(*2)山口隆二『時計』岩波新書、1956.8
(*3)弓倉恒男「タイム・ボール」『海事資料館研究年報』23号、1995
 https://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/81005676.pdf
(*4)Michael Lombardi,"Time Signal Stations",Radio Time vol.15、July 1,2006
  https://www.researchgate.net/publication/269427973
(*5)F.W.Dyson,"Wireless Time Signal",The Observatory Vol.36,1913
(*6)"The Eiffel Tower and Science",OFFICIAL Eiffel Tower Website
 https://www.toureiffel.paris/en/the-monument/eiffel-tower-and-science/
(*7)山本勇現時歐米(英佛獨米)に於ける無線電信電話概況」『電氣学会雑誌』大正11年11月
  https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal1888/43/417/43_417_324/_article/-char/ja/
(*8)"Greenwich Time by Wireless",Modern Wireless,1923.2
(*10)菊沢長「JCS銚子無線局88年の足跡」『RFワールド』NO.29、CQ出版、2015.2
(*11)「無線報時」『日本無線史』第2巻、電波管理委員会、昭和26年2月
(*12)逓信省告示第545号(大正2年7月1日)
(*13)逓信省告示第1105号(大正5年12月9日)
(*14)逓信省告示第865号(大正14年6月3日)

【図版】
図1、図2:2013.9.2 筆者撮影
図3 参考(*4)より
図4 Code Breaking and Wireless Intercepts
   http://marconiheritage.org/ww1-intel.html
図5 参考(*5)より
図6、図7 Wikipedia"Nauen Transmitter Station"
図8、図9 銚子無線電信局の送信機とアンテナ(*10)より
図10 逓信省告示第545号(*12)より


(OG)
 

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