>京都の産業遺産へ >HOMEへ Update:2009/04/20
伏見・宇治の軍事施設跡
【旧陸軍第16師団司令本部庁舎】(聖母女学院本館)
明治政府の富国強兵策の中、1888(明治21)年に大阪の第4師団工兵第4大隊が伏見奉行署所跡におかれた。1897(明治30)年、日清戦争後の軍備拡張策の中、第4師団の編成替えが行われ、新設の第38連隊が深草村(現在の京都教育大学の敷地)に置かれた。日露戦争後も軍備の拡張が進められ、2個師団が新設される。その一つ第16師団の駐屯地として深草村が選ばれる。新たに師団司令部、騎兵連隊、砲兵連隊、輜重(シジュウ)兵隊などが新設された。
現在、師団司令部の本部庁舎の建物が聖母女学院に残されている。
旧陸軍第16師団司令本部庁舎(1908年竣工)
玄関の天井 階段
師団長室 階段手すりの飾り
【第1軍道と師団街道の標識】
第16師団があった痕跡は道路名にも残されている。現在でも、「師団街道」「第一軍道」などの通り名が残っている。龍谷大学の南東角には、両方の道路名の標識がある。
【旧東京第二陸軍造兵廠宇治製造所】(陸上自衛隊宇治駐屯地)
日清戦争後の軍事拡大策により、明治政府はそれまで板橋・岩鼻・目黒の三カ所に置かれていた陸軍の火薬製造所の拡張を進め、1894(明治27)年に宇治火薬製造所の設置を決定する。1896(明治29)年に「東京第二陸軍造兵廠宇治製造所」は開所された。
現在、火薬製造所跡は、京都大学宇治キャンパスと陸上自衛隊宇治駐屯地に二分されている。施設内には相当数の建造物がまだ残されている。
給水塔(1895年竣工)
【旧第16師団司令部本部庁舎】 (聖母女学院本館) ◆場所:京都市伏見区深草田谷町 ◆交通:京阪電車「藤森駅」下車 徒歩5分 ◆外観は、道路から眺める事ができる。中に入るには事前の許可が必要。 |
【旧東京第二陸軍造兵廠宇治製造所】 (陸上自衛隊宇治駐屯地) ◆場所:宇治市五ヶ庄新開など ◆交通:京阪宇治線「黄檗駅」下車 徒歩5分 |