放送記念碑
2015.8.18update



 1925(大正14)年3月22日、東京芝浦の東京放送局仮放送所から「JOAK、JOAK,こちらは東京放送局であります。」の試験電波が流れた。1924(大正13)年11月29日、社団法人東京放送局が設立されたが、送信機が手に入らず、東京市が持っていた無線電信電話用の送信機を借り、急場をしのいだ。仮放送所は、芝浦の東京高等工芸学校(現・東京工業大学附属科学技術高校)の図書館の一部であった。その後、同年7月12日に、東京放送局は芝・愛宕山の新局舎に移り、本放送を始めた。
日本放送協会は、この日を記念して、1943(昭和18)年に3月22日を「放送記念日」と定めた。また、この地に1955(昭和30)年3月22日に、記念碑を建立した。記念碑の側面には以下のような碑文が書かれている。

人間は真理を求めて永遠の行進を続ける。
大正十四年三月二十二日、午前九時三十分、この一隅から発せられた「JOAK」の放送電波は、ここに三十年を経て、日本全土を覆い、広く世界と結び、今やまさに、聴く放送から視る放送えと、画期的飛躍を遂げるに至った。
このとき、この地に立って、我々はそぞろに先人の情熱を想い起こせずにはいられない。この情熱は時空を超えて我々と共に生きつつあり、更にあとに続く人々の中に、永久に躍動して、人類の幸福と社会の進歩とに貢献するであろう。
 昭和三十年三月二十二日 ゆかりの地において当時をしのびつつ
 日本放送協会会長 古垣鐵郎 識 


放送記念碑

◆所在地:東京都港区芝浦3丁目
◆交通:JR山手線「田町駅」下車、徒歩1分


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